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量子コンピュータ

カナダ D-Wave社が2017年1月24日(米国時間)に発売した量子アニーリング方式の量子コンピュータである「D-Wave 2000Q」

カナダ D-Wave社が2017年1月24日(米国時間)に発売した量子アニーリング方式の量子コンピュータである「D-Wave 2000Q」

人工知能が世をにぎわす中、今後のその発展に欠かせないとされるのが「量子コンピュータ」です。
実現はまだかなり先と思われていましたが、予期せぬ形で既に現実のものとなりました。
いったいどのようなものなのでしょうか。その開発の背景から仕組みまで、解説します。

文/近藤 雄生

速度“1億倍”が現実に

従来型のコンピュータの1億倍の速度を持つ――。

2 0 1 5 年にアメリカ航空宇宙局(NASA)が、そう評価したコンピュータがあります。それがカナダのベンチャー企業D-Wave社が開発した「量子コンピュータ」です。従来型のコンピュータが1億秒、つまり約3年2ヵ月かかる計算を1秒で終える能力を持っていることになります。量子コンピュータが現実のものとなるまでにはまだ何十年もかかると考えられていたため、このニュースは大きな驚きを持って迎えられました。また、人工知能にも応用できる可能性があるという点でも、大きな注目を集めました。

コンピュータに量子力学的な現象を生かそうというアイデアは、1980年代、ノーベル賞受賞物理学者であるリチャード・P・ファインマンによって提唱されました。しかし簡単には実現できそうになかったため、その後、従来型のコンピュータが目覚ましい発達を遂げていく中で、概念的なものにとどまっていました。

ところが昨今、半導体の集積密度を高める技術もいよいよ物理的な限界に達し、いわゆる「ムーアの法則」(半導体の集積密度は18ヵ月で倍増する)がこれまでのように成り立たなくなってくると、従来型のコンピュータの発展の限界がささやかれるようになります。そうして再び、量子コンピュータへの注目が高まりました。

「組み合わせ最適化問題」を迅速に解くコンピュータ

主に研究が進められてきたのは「量子ゲート方式」という方法によるものでした。簡単に言えば、従来型のコンピュータにおいて「ビット」と呼ばれる、「0」か「1」のいずれかを取るデジタル信号を、同時に「0」でもあり「1」でもあるという“重ね合わせ”の状態を取る「量子ビット」で置き換えたようなコンピュータです。基本的な考え方は同じですが、状態の重ね合わせという量子力学的な現象を利用することで、例えば量子ビットがn個あれば、2のn乗個の状態を一度に並列的に計算でき、従来型とは比較にならないほどの速度を得ることが理論上可能となるのです。

ただこの方式による量子コンピュータは、製造技術上、実現するのが極めて困難でした。量子ゲート方式はとても不安定で、たった数個の量子ビットしか安定的に扱うことができないからです。それゆえ、量子コンピュータが現実のものとなるのは当分先のことだろうと考えられるようになりました。

しかしそれが思わぬ形で実現することになりました。

カナダのD-Wave社が、量子ゲート方式とは全く別の「量子アニーリング」という方法による量子コンピュータの開発に成功したのです。

そのコンピュータは、例えば、宅配便のトラックが多数の荷物を配達するのに最も効率の良いルートはどれか、といった「組み合わせ最適化問題」を解くことに特化したものでした。この問題は一見簡単そうに見えるかもしれませんが、配達先が15ヵ所になっただけでそのルートは1兆3,000億通り以上といった具合に組み合わせの数が膨大になります。すなわち、状況が少し複雑になるだけで、従来型のコンピュータでは計算に何年もかかるなど事実上解くことが不可能になってしまいます。加えて、この手の問題は日常の様々な場面に登場する上、人工知能の根幹部分にも関わります。それゆえ、この問題が迅速に解けるコンピュータが開発されたことの意味はとても大きいものでした。

求める解が一気に得られる「量子アニーリング」

では、量子アニーリングとはいったいどんな方法なのでしょうか。「アニーリング」、すなわち「焼きなまし」とは、金属を加熱して一定時間その温度に保った後に少しずつ冷却していくことで金属を柔らかくする方法です。量子アニーリングも、まさにそのイメージで計算を行います。

D-Wave社が2015年に開発したコンピュータは1,000個以上の量子ビットを持っています。その全ビットをそれぞれ「0」か「1」のどちらかに定めると、組み合わせ最適化問題における組み合わせの1つができることになります。従来のコンピュータであれば、このような組み合わせのうち、問題の条件を満たすものを1つずつ計算して最適な解を見つけることになるのですが、量子アニーリングの場合は全く異なる方法で解を得ます。

量子ビットは、極めて低温の超電導状態に保たれてチップの上に並んでいます。まずここに「横磁場」と呼ばれる制御信号をかけると、全ての量子ビットが、「0」でもあり「1」でもあるという量子力学的な重ね合わせの状態になります。そこから横磁場を少しずつ弱めると共に、問題の条件を満たすために量子ビット間で保たれるべき相互作用を徐々に強めていきます。すると、横磁場がゼロになる頃には自然と各量子ビットが「0」か「1」のいずれかに定まります。そうして得られた全ビットの状態、すなわち「0」と「1」が並んでできた組み合わせが、求める解となっているのです。横磁場が焼きなましの熱のような役割を果たし、解が一気に得られるため、従来の計算方法よりも圧倒的に速いのです。

根幹にあるのは日本発の技術

D-Wave社が量子コンピュータの開発に成功したという報告が伝えられた当初は、多くの専門家が懐疑的でした。しかし得られた計算結果を見ると誰もが「これは量子コンピュータである」と認めざるを得ませんでした。

ただし、今後すぐに量子コンピュータが従来型のコンピュータに取って代わるのかといえば、まだ全くそういう状況ではありません。人工知能に量子コンピュータを使うとすれば、圧倒的な数の量子ビットを備えたコンピュータが必要であり、その実現は容易ではありません。また、そもそもなぜ量子アニーリングによって正しい解が得られるのかもはっきりわかっていないなど、研究すべきことや解決すべきことは山のように残っています。つまり、私たちは今ようやく量子コンピュータの世界の入口に立ったばかりなのです。

ちなみに、量子アニーリングによって最適化問題を解く方法を初めて提唱したのは日本人研究者の西森秀稔氏です。また超伝導体による量子ビットを初めて開発したのも、日本企業の研究所です。量子コンピュータは、その根幹部分において日本が大きく貢献しており、今後も日本の技術の活躍を大いに期待できる分野です。

主要参考文献
『量子コンピュータが人工知能を加速する』
(西森秀稔、大関真之著 日経BP社)

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