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イベントレポート

CAUAシンポジウム2017講演レポート

開催日:
主催:CAUA

はじめに

2017年11月6日、教育関係者を対象にCAUAシンポジウム2017を開催しました。

2017年11月6日、教育関係者を対象にCAUAシンポジウム2017を開催しました。
CAUAは伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(CTC)のアカデミックユーザー会を前身とした、大学と企業のコラボレーションを目的とする任意団体です。

本シンポジウムのテーマは「情報技術が世の中の変化を加速する これからの時代に大学が果たすべき役割」。IoT、AI、VR、ドローン、ロボット、自動運転技術など、あらゆるところにコンピュータが使われ、普段の暮らしを変えうる存在となった現代社会において、膨大な情報から社会の変化を生み出す発想とスキルは、決して情報工学系の学生だけに求められる能力ではなくなりました。

社会のイノベーションを加速するために大学はどのような貢献ができるのか。今回のシンポジウムでは、CTCが10月にオープンしたイノベーションスペース「DEJIMA」に約60名の大学および関連企業のキーマンが集まり、活発な議論が展開されました。

講演録:基調講演

「ワクワク ドキドキする大学院KMD ~なぜだか楽しいメディアデザイン研究科」
砂原秀樹氏(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授)
砂原秀樹氏(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)は、慶應義塾創立150年の2008年にスタートしました。グローバルに活躍できるクリエイティブリーダーを育成し、イノベーションを通して創造社会を牽引するための活動を行っています。研究テーマは、自動車、医療、環境、農業、歴史、宗教、カルチャー、スポーツなど様々です。

日本語と英語を公用語とした研究環境で、多様なバックグラウンドを持った学生が学んでいます。日本人以外の学生が半分以上を占め、米国や中国だけでなくブラジルやイタリア、東南アジアからも優秀な学生が集まっています。専門性と世代も様々です。エンジニアリング、建築、経済、経営、美術や音楽など芸術を学んできた学生まで多彩です。年齢構成も20代から60代まで幅広く、会社を株式公開したCEO経験者もいます。

KMDの学びでは、ゼロから何かを創るために、必ず誰かと関係を持ちながら研究を進めます。研究室という制度はなく、企業とコラボするなどして実際のプロジェクトを実行します。そして、社会的なインパクトで評価されます。デザイン思考とストーリーテリングといった研究手法をベースに、実際の社会ニーズを調べながら製品やサービスを作っていきます。例えば、東京・お台場の日本科学未来館に「Cyber Living Lab」という研究エリアを持っています。来場者が、最新テクノロジーを駆使した住環境を、実際に体験できるスペースです。ここを運営してリアルなフィードバックを得ながら、新しい住環境や街のデザインを研究しています。

KMDの教育では4つのクリエイティビティを重視しています。すなわち、Design Creativity、Management Creativity、Technology Creativity、Policy Creativityです。デザイン、マネジメント、テクノロジー、政策の4つの分野の知識と実行力を身に付けられるようなコースのカリキュラムを作り上げました。教員もこれらの分野の専門家を揃えた陣容で臨んでいます。大学院にはめずらしく必修科目が多く、フィールドワークやデザイン思考の方法、プログラミング、クラウド環境でのサーバー立ち上げ、ビジネスプレゼンテーションなど、苦手な分野も避けて通れません。

通常の大学の研究では一般に、アイデアからプロトタイプを作ってテストを行う程度までしかできません。KMDでは、製品にしてユーザーの意見を取り入れながら次の新しいものを作る、つまり市場に出すまでやることを狙って教育を行っています。アイデアを思いついて実現するだけでなく、何らかの形で企業に売り込む、もしくは企業とコラボして製品やサービスを作る、ということを修士論文のワークとして科しています。花キューピットとコラボした「bouquet」(https://www.bouquet879.com/)など、学生起案のプロジェクトから実際に事業化されたサービスも少なくありません。

リアルなプロジェクトを動かすことで実社会と関わりながら研究を結実させ、社会で活躍できるユニークな人材を送り出す。KMDは来年10周年を迎えますが、日本で唯一無二の挑戦的な大学院であり続けたいと考えています。

講演録:テーマトーク①

「情報学が最強の学問である…はずなんですが。―日本の情報教育の現状と課題―」
久野靖氏(電気通信大学情報理工学域共通教育部 教授)
久野靖氏(電気通信大学情報理工学域共通教育部 教授)

「情報」は最も大切な科目です。なぜなら、他のどの科目を学ぶ時も情報が媒介になりますし、どの科目も情報をうまく扱うことでよりよく学べるからです。現代は情報に価値が置かれている社会です。例えば、マイクロソフトやグーグルなど情報を扱う会社が多くの価値を持っています。音楽や映像、書籍、ゲームなどもいろいろな意味で情報が基盤になっています。

昔は苦労した情報収集ですが、今ではコンピュータで無尽蔵にデータが取れます。ビッグデータの世界です。AI技術も進歩しました。囲碁や将棋は人間よりもコンピュータの方が強い時代になりつつあります。あらゆる事柄にコンピュータが使われる時代において、情報教育の重要性はますます高まっています。

ここで皆さんに質問です。A) コンピュータは自動車のように「中身は知らないで道具として使う」のがよいから、学校における情報教育は(使い方以外)不要。B) コンピュータや情報(技術・システム)の原理・可能性を学ぶべきだから、小中高(大)で情報教育を行うのがよい。どちらだと思いますか。B)が多いですが、A)もまだいらっしゃいます。情報教育不要論の主張は「情報技術者になるわけでもないのになぜ学ぶの?」ということです。しかし、科学者や技術者にならなくても理科を学びます。一般の人が科学や技術について知らない社会は危険だからです。同じように、情報技術で新しいものを生み出すためには、社会全体に情報技術の素養が必要なのです。しかし、高校までにプログラミングを体験した学生は多くても3割程度と考えられます。私はまだまだ裾野は広くないとの問題意識を持っています。

OECDの学習到達度調査(PISA)によると、わが国の子供たちの情報技術活用は他国と比べて大幅に遅れています。あたりまえだと思います。学校にICT機器を持ってきてはいけない、学校にある機器しか使ってはいけない、先生がいいと言った時だけしか使ってはいけない。これでは、先生はできる限りICT機器を使わないようにしたいとしか思えません。

スウェーデンでは、小学1年生から国語の授業においてキーボード入力で物語を作成します。保護者や先生にメールで連絡を取ります。自分の機器を学校に持って行って、授業中はいつでもネットで調べてよいことになっています。ICT機器を文具として使っています。日本ではICT機器は授業のための道具でしかない。大人になって社会に出た時の使い方はどちらでしょうか。

高校の情報の授業は2003年から「情報A(実践力)」、「情報B(科学)」、「情報C(社会)」の3科目から1科目必修となりましたが、教員不足の問題もあり、簡単な操作中心の「情報A」履修者が8割でした。2013年からは「社会と情報」および「情報の科学」の2科目選択必修となりました。しかし、「社会と情報」の選択が7割で、プログラミングを中心に技術を学ぶ生徒は増えていません。2018年告示予定の指導要領では、「情報I(必修)」、「情報II(選択)」に改定され、必修科目にプログラミングが入る予定です。

世界では、学校でプログラミングを学ぶことが主流になっています。例えば、イギリスでは小学1年生から「Computing」の授業があります。その他の国でも小学校からコンピュータ教育に力を入れているところがたくさんあります。

もちろん、日本でも悲観することばかりではありません。小学生・中学生向けプログラミング教室のTENTOのプレゼンテーション大会で小学5年生の児童が発表した内容には感銘を受けました。その児童は幼い妹が数に興味が出てきたのを見て、数の学習アプリを作ります。世の中の学習アプリは子供の目線から見ると不満が多いので、自分でHTML5とJavaScriptを使って開発してしまいました。

プログラムを作ることで、モノづくりの魅力を感じることができます。作ったものを使ってもらえることで、社会との関わりを体感できます。考えたりまとめたり発信したりする力もつきます。これは一例ですが、こういうことが多くの子供たちに起こってほしい。誰もがプログラミングを学んで活用する世の中になってほしいと思います。

講演録:テーマトーク②

「なぜ企業は “オープンイノベーション” に取り組むのか」
澤登寿氏(伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 未来技術研究所 所長)
澤登寿氏(伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 未来技術研究所 所長)

これまでIT企業と認識されてきたのはIBM、Oracle、Microsoftのコンピュータメーカーやソフトウェアメーカー、日本では富士通などの総合電機メーカーです。現在はIT企業というと、Amazon、Google、Appleなどを思い浮かべるでしょうし、Uberなどの新興企業もIT企業の範疇で語られています。今後はAIやIoTの進展により、従来は明らかにIT企業に含まれていなかったトヨタやGEなどが、IT企業に数えられるようになると予想されます。勝者と言われる企業の多くが、従来の産業構造に参入して伝統的企業を駆逐し、業界の地図がさらに大きく書き換わる可能性があります。

創造的破壊とは経済学者のジョゼフ・シュンペーターによって提唱された経済用語ですが、現代のIT世界でも創造的破壊が起こり続けています。Netscape社を創業したマーク・アンドリーセンが米ウォールストリートジャーナル紙に発表したコラムの中で「Software is Eating The World」と言ったのは2011年のことです。今ではトヨタが優秀なソフトウェア技術者を大々的に募集する時代になっています。これまでのIT企業は、アイデアとテクノロジーを組み合わせて顧客のニーズに合ったシステムを提供してきました。これからは、アイデアとテクノロジーに、企業が元々持つ資産や資源を組み合わせることで、新しいイノベーションが起こります。

CTCでは2017年6月から、お客様との新規ビジネスのアイデア創出から事業化までを総合的に支援するオープンイノベーションプログラム「CTC Future Factory」を開始しました。オープンイノベーションに取り組む企業や自治体などがベンチャー企業と連携し、アイデアを創出するためのプラットフォームとして、アイデアソンやハッカソンの場所と機会を提供します。このプログラムは、「スペース」、「エンジニアリング」、「コミュニティ」、「コンサルティング」の4つの機能で構成されていて、主にアイデア創出とプロトタイプ開発を支援しますが、最終的な製品化・事業化までをCTCとしてトータルサポートいたします。本日、このシンポジウムが行われている「DEJIMA」は、本プログラムの「スペース」機能を担う戦略拠点です。

どんな企業もソフトウェア企業、という時代がすぐそこまで来ています。企業はエンジニアだけでなく、営業マンやマネージャーにもソフトウェアを理解している人材が必要になり、そうした人材が企業にとって重要な資産であり資源になります。しかし、ある調査によると、日本のソフトウェア人材の数は米国や中国の4分の1にすぎません。

ソフトウェア人材の量と質は国力そのものであり、その育成は国益にかなうものです。アンドリーセンは先ほどのコラムの中で、「多くの人々は、ソフトウェア革命の中で生まれる偉大な企業に入社するために必要とされる教育やスキルを持ち合わせていない。これは悲劇である」と言いました。そして、教育以外にこの問題を解決する方法はないとも言っています。世界中でソフトウェア人材が求められる時代に、日本も決して例外ではありません。CTCにおいても、次代を担う人材育成が急務と認識しており、全社的な課題として取り組んでいます。

パネルディスカッション

「これからの時代に大学教育が果たすべき役割」

本シンポジウムの締めくくりとして、講演者と特別ゲストをまじえたパネルディスカッションが行われました。

刀川運営委員、後藤会長のパネルトークを皮切りに安東運営委員長の司会で始まった議論は、「情報系の学生にも公務員が人気という現実に対し、企業は学生が大学で学んだことへの評価や待遇をきちんと示してほしい」(刀川氏)、「今のような均質的な採用ではなく、企業自らが欲しい学生を探し出すスカウティングの眼を持つべきだ」(砂原氏)など、人材を送り出す大学から、受け入れる企業への注文が次々と出され、前半から活発な意見交換が行われました。

一方、大学側の課題としては、「プログラミングの学習では、みんな同じ課題ということでなく、各人がそれぞれ自分に合ったレベルでおもしろがることができるような教育が必要だ」(久野氏)などの情報教育の本質に関する問題点が指摘されたほか、「大学での学びにおいて失敗することが必要。他人の力を借りる能力が身に付けられる環境を整備することが急務」(後藤氏)といった大学教育全体に対する問題提起もありました。

その後も議論は、「コミュニケーション」や「イノベーション」などをキーワードに発展し、今後の日本社会を支える人材育成には、「大学と企業のコラボレーションの場」(澤登氏)がますます不可欠になるという結論をもって、会場との質疑応答を含めた80分にわたるディスカッションが終了しました。

パネルディスカッション
パネルディスカッション

情報交換会

情報交換会
情報交換会

シンポジウム終了後の情報交換会では、講師への質疑や会員同士の意見交換が行われました。和やかな雰囲気の中、CAUA会長を務める後藤滋樹氏が、Internet Society (ISOC) 2017年選出「インターネットの殿堂(Internet Hall of Fame)」 の「グローバルコネクター部門」で殿堂入りしたことをお祝いし、花束贈呈が行われました。

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