Best Engine vol.5
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ます。現状の通信では、それらの情報は届いた順に1つずつ次の中継点へと転送されます。つまり、回線上にX、Y、Z の3つの情報が並んで送られるイメージです。これは、道路に3台の車が並ぶのと同じです。すなわち、情報の量が多くなると、車と同様に回線で渋滞が起きることが容易に想像できるでしょう。 ところが、ネットワークコーディングでは、X、Y、Zの3つの情報が中継点で合成され、Aという新しい1つの情報として転送されます。するとその先の回線では、3つの情報が1つになるため混雑が抑制できます。X、Y、Zの送信先には共にAが届けられるため、受け取った側はAをそれぞれX、Y、Zという元の情報に戻す(=復号する)作業が必要になりますが、その際は、それぞれ自分宛のデータだけしか見ることができないように復号することが可能です。 極めて単純化した例ですが、このような原理によって、ネットワークコーディングは通信量を減らすことができるのです。大きな可能性と、残る課題 ネットワークコーディングの理論が初めて発表されたのは2000年のことでした。それまでは、中継点で情報を合成することはできないと考えられていましたが、この理論によってそれが可能であることが示されました。 情報理論の創始者として知られるシャノンは、1956年に、一定時間内にネットワーク上で伝達できる情報量には理論的な上限があることを示しましたが、現状の通信方法ではその上限値まで通信量を増やすことはできません。しかし、ネットワークコーディングを用いてより効率的に通信を行えば、その上限値まで通信量を高めることが可能になるともいわれています。更にこの方法は、通信の大容量化や高速化のみならず、通信時のセキュリティの向上等、様々な新しい技術への応用も期待されています。それゆえ、ネットワーク理論における新たな研究領域として注目を浴び、各方面から研究が始められることになったのです。 しかしまだ、ネットワークコーディングは新しい理論であり、実用化されるためにはクリアすべき理論上の問題が少なくありません。例えば、複数の情報を合成し、その後、元に戻すためには、必要な情報が集まるのを待たなければならず時間がかかってしまいます。情報をどのタイミングでどのように合成するのが最適かという点も複雑です。 その上、固定された基地局を中継点とする現在のネットワークに実装するためには、コーディングを行うための設備を各基地局に導入しなければならないという現実的な難しさも残ります。アドホックネットワークと共に、必須の技術に ただ一方、理論上の課題さえクリアできれば比較的容易にネットワークコーディングを実装できると考えられる新しいネットワークの形態があります。それが「アドホックネットワーク」です。 アドホックネットワークとは、スマホ等の通信端末同士が、基地局を経由することなく直接つながって形成するネットワークです。例えば2台の通信型ゲーム機で対戦する時は、この通信形態になります。多数の端末がこの形態でつながって大きなネットワークが形成されれば、情報は、近くにある任意の端末を次々に経由しながら送信先に届けられます。そうして、近くに基地局があるかどうかには関わらず通信が可能になるというのがアドホックネットワークの特長です。 現状ではアドホックネットワークもまた、3台以上の端末では技術課題が多くあり、実用化には至っていませんが、今後IoT時代が本格的に始まるためには、その実現が不可欠です。というのも、IoTは、モノとモノが基地局を経由することなく、あらゆる場所や状況下で直接通信できるようになって初めて、本来の良さが発揮される技術だからです。 アドホックネットワークによってあらゆるモノ同士が直接通信をするようになると、通信量がこれまで以上に爆発的に拡大します。するとネットワークコーディングの実装も同時に必要になると考えられます。ただ、前述のように、そのハードルは現状のネットワークほど高くはありません。というのは、その場合、スマホ等の端末が中継点となってコーディングを行うことになるため、新たな設備導入は必要なく、各端末にアプリを入れるだけで実装することができるからです。 ネットワークコーディングの実用化がいつになるのかは、まだわかりません。しかし、IoT時代が目の前に迫った今、ネットワークは新たな変革の時を迎えつつあります。基地局のあるネットワークについても現在、「5G」(第5世代移動通信システム)導入に向けた動きが本格的になり、さらなる大容量化、高速化へと進んでいます。ネットワークコーディングは、まさに今後必須ともいえる技術であり、これから急速に、目に触れることの多い用語になっていくかもしれません。17

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