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「20万円」― 米国の社会実験における毎月の支給額

朝日新聞
サンフランシスコ支局長

宮地 ゆう

2000年、朝日新聞社入社。
鹿児島、山口総局、GLOBE編集部などを経て2014年4月からサンフランシスコ支局を立ち上げ現職。朝日新聞デジタル(http://www.asahi.com/)でシリコンバレーの現実を伝えるコラム「フロンティア2.0」を連載中。近著に「シリコンバレーで起きている本当のこと」(朝日新聞出版、2016年8月発行)がある。

「1年間、毎月20万円を無条件に差し上げます」。そう言われたら、どう思うだろうか。何に使おうかと考える前に、「そんなうまい話があるはずない」と、まずは怪しむ人のほうが多いかもしれない。でも、実際にそんな社会実験が、米サンフランシスコの対岸の町オークランドで計画されている。

自らお金を出して実験をするのは、シリコンバレーでスタートアップを養成している「Yコンビネーター(YC)」だ。YCは、スタートアップに様々な助言や投資をして育てるアクセラレーターの中で、トップクラスと言われる養成機関だ。YCから大きくなった企業の中には「ドロップボックス」や「エアビーアンドビー」などがあり、これまでに約1千社に投資している。

なぜ、YCがこんな社会実験を始めるのか。プロジェクトの担当者マット・クリシロフさんは「最低限の生活が保障されたら、労働はどう変わり、生活の質はどう変化するのかを知るのが目的」と話す。

サンフランシスコやその南に広がるシリコンバレーは、IT企業の流入で家賃が高騰し、極端な格差社会が生まれている。シリコンバレーに住む世帯の約3割は15万ドル(約1,500万円)以上の年収があるのに対し、約2割は3万5千ドル(約350万円)以下。中間層が縮小し、約3割は公的扶助なしには生活できない。ホームレスの数は全米3位の多さだ。

「この地域では、誰もが仕事や家を失うリスクと隣り合わせで生きている。では、ITによって生まれた富を、どうやって公平に分配できるのか、考えてきた」とクリシロフさん。

給付対象は約100人で、あらゆる人種、職業、所得の人が無作為に選ばれる。毎月もらえる1,500~2千ドル(約15万~20万円)の使い道は自由だ。生活費や職業訓練に回してもいいし、貯蓄しても、旅行に行ってもいい。その後、給付額を減らして1千人に対象を広げ、5年間調査をする計画だ。最低限の生活が保障されたら、人の行動はどう変わるのか。調査結果を自治体などに提供し、社会保障のあり方を考える材料にしてもらうという。

これまでにも、「ベーシックインカム」「ネガティブタックス」という呼び方で、似たような取り組みがされたり、検討されたりした国はある。ただ、財源の確保や公平性などが問題になり、多くが頓挫している。これを、YCは自分たちのお金でやってしまおうというわけだ。

富裕層を生んだITの力は、格差の解消もできるのか。YCの社会実験の行方に、注目が集まっている。

出典:Best Engine Vol.2

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