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デジタル・ガバメント

“電子的居住者”を募るエストニア

各国が取り組みを進める中、ひときわ注目を集めているのが、ロシアの西に隣接する北欧の小さな国、エストニアです。人口は130万人ほどで、九州と同程度の大きさのこの国は、「行政サービスの99%がオンラインで24時間行える」世界最先端のIT国家として知られています。

“e-Estonia”と銘打たれたエストニア政府運営のウェブサイト※2によれば、同国では、1997年の行政サービスのオンライン化に始まり、納税の電子化(2000年)、全国民へのIDカード配布(2002年)、投票の電子化(2005年)、健康データの電子化(2008年)、といった具合でデジタル・ガバメントが構築されてきました。その結果、現在、毎年800年分にあたる労働時間が削減されているという試算が出されています。

しかしこの国が注目を集めるのは、それらの電子サービスによってではありません。とりわけ独特なのは、2014年から始まったe-Residency(電子的居住権)という取り組みです。これは、エストニアの居住権を持たない外国人にも、エストニアの行政サービスを利用できるe-Residentという資格を付与するものです。この資格を得ることで外国人は、オンラインでエストニアに起業することが可能になります。エストニアは、世界の起業家がEU圏でビジネスを展開していくのに有利な手段を政府として提供することで、自国への電子的な居住者を増やそうとしているのです。

元々は「2025年までに国民を1,000万人に増やす」というスローガンで始まった取り組みでしたが、今では、世界の誰にとっても起業しやすい環境を国が作り出す、ということが主たる目的になっています。まだシステム構築の途上であり、課題も多く残るものの、2018年4月の段階で35,453人のe-Residentが登録され、3,507の企業が立ち上がっていて、その数は今も加速度的に伸びているようです。

国や国民の概念が変化する

なぜエストニアが他国に先駆けてこのような方向に進んでこられたかといえば、それは同国がかつて旧ソ連の支配下にあったことと関係があります。当時、連邦内の各国、そして東欧諸国は、それぞれ産業を一つずつ担い、相互扶助する体制(経済相互援助会議、COMECON)を取っていましたが、その中でエストニアが担ったのはIT関連の産業でした。つまり、他国に先駆けてIT技術に通じる人材が育ったのです。更に国土内に2,200を超える島があり、行政サービスを行き渡らせるにはデジタル技術の活用が不可欠という事情もありました。

e-Residencyと同様の動きは他国でも出始めています。それはどの国も、エストニアの取り組みをただ他国の特殊な例としては片付けられないからとも言えます。すなわち、物理的にその国にいなくても電子的に居住し、起業するといったことが可能になると、自国よりも良いサービスを提供する国があれば、国民が電子的に他国に移住してしまうかもしれないという時代になったのです。

デジタル・ガバメントの本質は、その国のサービスの利便性や効率が上がるということだけではないようです。国家や国民という概念を変え、国境を曖昧なものにする可能性すら秘めていることが明らかになってきたのです。

【参考】
  1. 「デジタル・ガバメント実行計画について」首相官邸
    https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/suishinkaigo2018/revolution/dai2/sankou1.pdf
    「世界最先端のデジタル・ガバメントの実現に向けて(2018年3月)」首相官邸
    https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai14/siryou5.pdf
    「平成28年度電子経済産業省構築事業(「デジタルガバメントに関する諸外国における先進事例の実態調査」)調査報告書」経済産業省
    http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H28FY/000454.pdf
  2. “e-Estonia” エストニア政府
    https://e-estonia.com/
    「エストニアの『電子政府』を可能にした3つの成功要因」Forbes Japan
    https://forbesjapan.com/articles/detail/19386
出典:Best Engine Vol.7

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