多様な生き方、働き方とは

菊地代表取締役社長×女性活用ジャーナリスト・研究者 中野 円佳氏 対談

菊地代表取締役社長×女性活用ジャーナリスト・研究者 中野 円佳氏 対談

就職時に仕事への意欲が高かった女性ほど、"出産・育児"というライフスタイルの変化にうまく対応ができない――。この原因は何でしょうか。

今回、CTC菊地代表取締役社長が『「育休世代」のジレンマ』著者の中野 円佳氏と対談を行いました。自らの実体験や調査・研究などをもとに、多様な人材が活躍できる組織を目指した取り組みについても伺いました。

多様な人材を活用する力が、競争力を高める短時間勤務時にこそ、仕事の能力に対する正当な評価が必要

対談の様子

菊地代表取締役社長(以下菊地):中野さんは、『「育休世代」のジレンマ』の中で、仕事に対して意欲あふれる女性ほど、育休後は退職したり、復帰しても最前線で働くことをあきらめてしまったりするというジレンマに陥ると書かれていますね。なぜそうなってしまうとお考えでしょうか。

中野 円佳氏(以下中野):この本の元になった論文の調査は2012年に行ったものですので、現状は少し変わったかもしれません。調査対象は、およそ05年~08年ごろ、就職氷河期といわれた時期が終わりを告げ、総合職として採用されるようになった時代に働き始めた女性たちです。私自身もその一人ですが、学生時代も男性と同等にやってきて、就職活動の時に「女性だからライフステージが変化する」などの視点を持つことをあえてよしとしなかった女性ほど、両立に苦戦することになります。当時は面接で働き方や福利厚生についての質問はご法度という雰囲気もありました。

菊地:当時はまだ、多くの企業で総合職の女性の先輩はあまりいない状況でしたよね。女性管理職のロールモデルも少ないという時代でした。

中野:おっしゃる通りです。女性管理職はいたとしても"都市伝説"のように固有名詞で語られてしまうくらい少なかったのです。当時、仕事に意欲を燃やして就職した女性のもう一つの特徴が、いざ結婚相手を選ぶとなると「仕事ができる」、すなわち自分と同じくらいかそれ以上に忙しい男性と結婚してしまうということです。いわゆる「同類婚」や「上方婚」、つまり女性が自分より収入が同じかそれ以上のパートナーと結婚するという傾向は万国共通です。職場には、子育てと仕事を両立している先輩の前例もなく、忙しい夫の協力もほとんど得られない中、育休後に仕事に復帰しても思うように仕事を任せてもらえず、退職を選ぶ人が多かった。仕事への思い入れが強い女性ほどそういう状況に陥りやすいのです。

菊地:環境や待遇が大きく変わり、仕事への意欲が冷めてしまうということでしょうか。

中野:私がインタビューした女性の中で、最も顕著な例では、営業職の女性があげられます。育休から戻り、残業ができなくなると、サポート業務しか任せてもらえなくなります。出産前は全国で何位というような営業成績で活躍していた人でもそうなりますので、本人はそのような待遇にショックを受けます。その後夫の転勤などのきっかけもあり、「退職した方がましだ」と思ったという事例を著書の中で書いています。

菊地:上司としては、育児中の社員に対して配慮をしたのだと思いますが、本人の思いとはズレがあったのでしょうね。先日、地方支社で社員と対話する機会があったのですが、「管理職が、短時間勤務者の気持ちを理解するために、短時間勤務を体験する制度を設けてはどうか」という意見が出ました。

対談の様子

中野:短時間勤務や定時で帰っている人には、「理解されていない感覚」が生まれがちです。保育園のお迎えの時間に向けて工夫を凝らして効率的に働いて、一定の成果も上げているのに、"周囲よりも早く帰る"という一点だけで、一人前ではない扱いを受けたり、責任の軽い仕事に回されるといったことがおきます。そうすると、仕事が評価されないという忸怩たる思いを抱くようになります。

菊地:効率をどれだけ上げているかという点に関して、評価は非常に難しいですね。現場を見ている課長などの力量にかかってきます。

中野:そうですね。

菊地:今、CTCでは「退社時間の見える化カード」というのを導入しています。日本人はチームのほかの人がまだ働いていると帰りにくいという風土があるので、カードを掲げることで、それぞれの退社時間を宣言する体制を整えました。「周囲が共有するので帰りやすくなった」という声も聞かれるので、一定の効果は出ていると思います。
ほかにも、朝型勤務やスライドワーク、時間単位有給など、働き方変革を進め、制度としては整ってきましたが、短時間勤務中の評価方法についてはこれからの課題だと思います。

中野:勤務時間が短くなってこなせる仕事量が減っているのであれば、その仕事量が減った分をボーナスから減らす、周囲の同僚の負担が増えているのであればそれはボーナスを増やして報いるというのはいいと思います。でも長期的な昇進や成長機会を与える観点では、そもそも能力や効率を上げて努力している部分はきちんと評価してほしいです。

菊地:個々の仕事の能力評価と、仕事量は別々に考えるということですね。

中野:収入が一時的に減っても潜在的な能力はきちんと評価されるということが保証されているか否かが、モチベーションには大きく影響します。働き方がどのようであれしっかり働けば、人事考査や昇進のレールから外さないでいただきたいのです。

菊地:優秀な社員には、働き方に左右される事なく課長になってもらうなどですね。

中野:そうです。短時間勤務でも課長職がこなせないかということもぜひ検討していただきたいです。もちろん、それぞれの企業の業種や職種にもよるのですが。

菊地:なるほど、わかりました。

全員で定時退社できる体制を目指せば「短時間勤務課長」の可能性も

対談の様子

中野:今、「短時間勤務の罠」にハマっている人がたくさんいます。

菊地:それはどういうことでしょう?

中野:例えば、一度、申請をすると、辞める時期を決めるのが難しくなります。保育園は園児の年齢によって預けられる時間が延びるので、16時退社を17時退社に変更することもできるかもしれません。また夫が保育園の迎えに行ける日もあり、残業も可能です。ところが、これを会社に言うと「元の通りに働ける」となり、残業を前提とした業務量をふられるという危惧が出てくるため、予防線を張ってしまうのです。

菊地:段階的に職場復帰ができる、したいという人がいるということですね。

中野:基本は定時退社で、夫の協力がある、どうしてもの時はシッターを手配するなどで時には残業もできるという働き方なら、課長も務まるのではないでしょうか。

対談の様子

菊地:残業で言えば、CTCではかなり改善されてきているとは思いますが、一方で企業としての競争力をどうすれば維持できるのかという問題があります。一日当たりの仕事量を減らせば、プロジェクトの納期が延びることになり、競争力が落ちるという危惧があるのです。

中野:ある製薬会社さんのMR(医薬情報担当者)の支店の残業時間を改革する事例では、まず、比較的営業成績のいい営業所を5カ所選んで、早く帰宅する実験をしています。顧客対応があるので、一斉に退社を促すという方法はできなかったんですね。

菊地:具体的にはどのような実験をしたのですか。

中野:営業成績のいい営業所長に「本当は何時頃に帰りたいですか」と聞くと、月100時間以上の残業をしている営業所長が「自分の営業スタイルは、部下の営業には全部同行して丁寧に指導しながらやってきた。それで成績を上げてきたので、変えるタイミングを逃してきたが、自分も年齢を重ねて体もきつくなってきている」と言うのです。

菊地:そこで、まず営業所長に自分の働く時間を見直してもらったんですね。

中野:はい。営業所長に、一週間の仕事のタスクを洗い出し、工夫をしてもらったそうです。会社から与えられた一律の目標ではなく、自分が帰りたい時間を目標にしたのでモチベーションも維持できます。部下の同行も見直し、任せられる部分は任せるようにしたことで部下の成長を促すこともできたんです。つまり、営業成績を下げることなく残業時間は減らせました。営業成績のいい支店ですから、その営業所長を慕う人達も多く、ほかの支店への波及効果もありました。

多様な能力が積み重なれば、組織はより強くなる

菊地:企業同士の競争も、今や残業を前提にしていてはいけない。そういう時代ではなくなってきていますよね。

対談の様子

中野:この1年で、かなり世の中の状況は、変わってきました。深夜にメールをして、すぐに返信がある会社がいい会社といった時もありましたが、今ではそもそも深夜に仕事のメールをすることに対しても疑問視する人が増えました。

菊地:最近、政府が「働き方改革」をリードしていますが、結果としてはいい方向に向かっていると思います。今後は、男性の意識がそこに追いつくといいですね。ただ、CTCでも部門によって女性の比率がとても低い部門があります。多様な働き方に触れるチャンスも少なく、前例が育たなければ、変わっていきにくいかもしれません。

中野:効率を上げて働くことに対して、インセンティブがないのも残業が増える原因だと思います。例えば、ある部署で残業を減らしたら、そのグループに対しボーナスが与えられるというインセンティブを与えることで残業削減に成功している企業もあります。部署単位のグループ戦ですから、同僚に迷惑をかけない、あるいは残業をすることの方が迷惑をかける。もちろん、お客様との関係をどう保つかを考えた上でのことだとは思いますが。

菊地:若い人も女性も、応募時に福利厚生や残業がどのような状況かということをかなり意識するようになっていますね。最近では、女性社員が多い方が、業績が上がるという話も聞きます。

中野:働き方の話からは離れるのですが、「無意識のバイアス」というキーワードがあります。全く同じキャリアが書かれた履歴書を、名前だけジョン(男性)にしたものとジェニファー(女性)にしたものを配布するという実験が有名な論文になっています。比較すると、ジョンの方を「採用したい」と答える人が統計的に多くなるという論文です。こうした無意識のうちに働くバイアスについても、考慮した方がよいと言われています。

菊地:確かアメリカの実験でしたね。

中野:はい。日本でも何かプロジェクトがあったときに、責任ある立場には男性社員を据える。もっとわかりやすい例を言えば、男性の部下には叱りつけるけれど、女性の部下には遠慮しますよね。叱るという行為はフィードバックを与えて成長を促しているわけですが、相手が女性の場合は、遠慮してそれができないことが多く、女性はそこで成長の機会を一つ失うわけです。子育てなどは関係なくとも、女性はそうした状況に置かれやすいということも注意しなければなりません。

対談の様子

菊地:社員の人材育成では、そのようなことも考えて見直さないといけませんね。

中野:経済産業省の会議でガバナンス関係者は「リーマンショックは、男性だけの均一な属性が形成した職場カルチャーが要因の一つだ」という見方をしているという話がでました。多様性を認めるダイバーシティに加え、インクルージョンは、例えて言うなら"多様なスタッフみんなが声を上げられる""反対意見を言える"、あるいは"遠慮なく助けを求められる"という体制が整っているということだと思います。

菊地:女性やいろいろな立場のスタッフが「これは危険ですね」「これは違うのでは?」と言える職場環境が大事だということですね。

中野:モノづくりを行う仕事においては、手戻りや修正があると余計な時間がかかりますね。それをいかに減らすかというときに、こうした様々な人が発言しやすい環境は有益だと思います。

菊地:設計がきちんとしていないと、結局、差し戻されてしまいます。現場の人はなんとなく前に進んでしまうのだけれど、常に見直し、正しい方向に立ち戻る機会があれば、かなりの無駄な労働が防げる。基本は上司の責任ですが、チェックをする際に世代の違う人、例えば、経験豊富なシニア層を導入してみるということも有益ではないかと思います。
この業界は若い人が中心となっていますが、社会経験を積んだ人の視点でチェックするというのも理にかなっていると思います。

中野:シニア層の活用と同様、若い人も女性も発言しやすい職場環境があるといいですね。

菊地:その通りです。それぞれの個性ある視点を生かせるようにしたい。何でも言える環境というのは組織として目指す理想の姿です。

中野:現在、多くの企業では「働き方変革」の最中で、現場の管理職の方々は、従来求められなかったことをたくさん要求され、とても大変だと思います。管理職が、現場と上との板挟みでつぶれてしまうといけないので、経営側からそれをサポートいただけると心強いと思います。

菊地:管理職を更にサポートできることを実践していきたいと思います。本日は、どうもありがとうございました。

対談の様子

対談者紹介

中野 円佳

女性活用ジャーナリスト・研究者
株式会社チェンジウェーブ ダイバーシティ&インクルージョンデザイナー

1984年東京生まれ。2007年、東京大学教育学部卒業後、日本経済新聞社に入社。金融機関を中心とする大企業の財務や経営、厚生労働政策などを担当する記者として活躍した。12年、第一子出産の育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科に入学。修士論文を一般向けに再構成・加筆修正し、14年に『「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)として出版。15年より株式会社ChangeWAVEに参画。東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍。厚生労働省「働き方の未来2035」懇談会のメンバーの一人。経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」委員。現在4歳と1歳の二児の母。

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