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2026年9月15日

量子コンピューティング連載 第2回

材料開発の“膨大な組み合わせ”を量子は
どう解き明かすか

探索は量子、選別は古典――実用化に近いのは
「分担するハイブリッド」

MATSUMOTO NAOKI

松本 直樹

松本 直樹

伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 テクノロジー戦略グループ
リードスペシャリスト

材料開発は、これまで研究者の知見や経験とそれに基づく地道な試行錯誤によって支えられてきた領域です。しかし、探索すべき組み合わせが指数関数的に増大する中で、従来のアプローチには限界が見え始めています。ここではまず、材料開発が抱える問題点について考えてみます。

組み合わせの数が、材料開発の壁になっている

新素材の開発は、電子部品や化学、自動車、エネルギーなど、幅広い産業の競争力を左右します。新たな組成や配合を発見できるかどうかが、製品性能の差につながるためです。

その材料開発を難しくしているのは、試すべき候補の数です。材料の特性は、どの元素を選び、どのような比率で配合し、どの結晶構造を取らせるかによって変わります。この設計の自由度が増えるほど、候補となる組成の数は指数関数的に増えていきます。成分が数種類しかなくても、配合比率の刻み方を細かくするだけで、候補は数百万、数億通りに膨れ上がります。

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この膨大な候補を、古典コンピュータ(従来型のコンピュータ、量子との対比でこう呼ばれる)で全て評価するのは現実的ではありません。古典的な計算は候補を1つずつ評価するため、候補の増加に比例して計算量も増大するからです。そのため実際の現場では、研究者の経験による絞り込みや、限定的な範囲でのスクリーニングに頼らざるを得ず、本来発見できたはずの有望な組成を見落とすリスクが常につきまといます。

つまり材料開発の壁は、急激に増え続ける膨大な「状態」を、現実的な時間でどう扱うかという一点に集約されます。

量子・古典ハイブリッド方式は、膨大な「状態」をどう計算するのか

この壁に対する現時点での現実的な答えが、量子コンピュータと古典コンピュータを組み合わせたハイブリッド方式です。量子側の具体的な使い方は、量子アニーリングと呼ばれる計算方式を使います。量子アニーリングは、膨大な組み合わせの中から条件を満たす解を探すことに長けた、組み合わせ最適化に特化した方式です。

量子・古典ハイブリッド方式は3つのステップで計算処理を実施します。

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第一段階を担うのは、古典コンピュータによる機械学習です。これまでに蓄積された実験データをもとに、材料の組成(各成分の配合比率)と特性の関係を学習し、どの成分をどれだけ増やすと特性がどう変わるのかを数式の形で表現します。ここで得られたAI予測モデルが、次の探索で「良い組成とは何か」を判断する物差しになります。

第二段階が、量子アニーリングによる探索です。量子アニーリングは、組成の候補を「山と谷が連なる地形」として扱います。谷が深いほど条件をよく満たす組成で、最も深い谷を見つけることが探索のゴールです。

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今までの古典コンピュータではこの地形を一歩ずつ歩いて低い場所を探しますが、いったん谷に入ると周囲がすべて上り坂になるため、そこから抜け出せなくなることがあります。これを「局所解」と呼びます。

一方で量子アニーリングが持つ二つの性質が、より良い解を見つける探索を手助けします。

まず、最初の性質が量子揺らぎです。状態が一つに定まらず、複数の状態が重なり合ったまま保たれる性質です。地形にたとえるなら、1か所に立ち止まるのではなく、複数の谷に同時に薄く広がりながら探索しているような状態です。探索の初めは揺らぎを強くして地形全体に広がり、そこから徐々に弱めていくと、深い谷に集まっていきます。最初から一つの谷に決め打ちしないため、浅い谷で満足してしまうことを避けられます。

次にトンネル効果とは、乗り越えるだけのエネルギーを持たない山を、通り抜けてしまう性質です。古典コンピュータが隣の谷へ移るには山を登りきる必要がありますが、量子アニーリングは山を登らず、山腹を横切るように反対側の谷へ抜けられます。とくに、高いけれど幅の狭い山に隔てられた谷から抜け出すときに効きます。

この二つの性質によって、量子アニーリングは目の前の浅い谷にとどまりにくく、より深い谷、つまりより良い解(材料組成)に到達できる可能性が高まります。

第三段階を担うのが、古典コンピュータです。第二段階で挙がった候補に対し古典コンピュータ上のAI予測モデルを活用して評価を行います。まず制約サンプリングにより条件を満たす組成を抽出し、その後、各成分の具体的な配合比率を絞り込みます。

この量子と古典の処理を反復的に組み合わせることで、制約条件を満たしつつ優れた性能を示す材料候補を、効率よく絞り込んでいきます。人手やシミュレーションだけに頼るよりも広い候補空間を扱えるため、これまで見落とされてきた有望な組成に出会える可能性が広がります。

変わるのは、開発プロセスそのもの

このハイブリッド方式がもたらす変化は、計算時間の短縮にとどまりません。従来の材料開発は、研究者が経験をもとに候補を絞り込み、合成し、評価し、その結果からまた次の候補を考える、という実験を軸にしたループで進んできました。候補を絞る工程が人の判断に依存するため、探索の幅は研究者の知見の範囲に収まりがちでした。

ハイブリッド方式では、この絞り込みの工程を計算システムが担います。実験の役割は、候補を「探す」ことから、有望な候補を「確かめる」ことへと移ります。研究者は、何を良い組成とするかという評価の物差しを設計することと、得られた結果を解釈することに集中できるようになります。開発プロセスの重心が、実験中心から計算主導へと移っていくわけです。

量子・古典ハイブリッド方式の価値は、研究者がより広い候補空間を俯瞰しながら意思決定できるようになる点にあります。材料開発の本質的な変化は、探索そのものではなく、開発プロセスの再設計にあるのです。

次回は、創薬分野を取り上げます。材料開発が組成の組み合わせを扱うのに対し、創薬では分子の構造そのものが設計対象になります。扱う対象が変わることで、量子コンピューティングの使いどころがどう変わるのかを掘り下げます。

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松本 直樹

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松本 直樹MATSUMOTO NAOKI

伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 テクノロジー戦略グループ リードスペシャリスト

2003年にCTCへ入社以来、製造業のお客様向けにシステム開発プロジェクトのマネジメントに従事。その後、業務改善・改革を支援する新サービスの企画・開発を担当し、海外ソリューションの日本市場展開を推進。

2022年より量子コンピューティング領域におけるビジネス企画およびお客様伴走支援を担当。Q-STAR(一般社団法人 量子技術による新産業創出協議会)やQPARC(量子コンピュータ関連の企業コミュニティ)にも参画。CTC主催量子コンピューティングセミナーでの講演を通じ、日本における量子コンピューティングの社会実装と普及に取り組む。

現在は、量子技術の産業応用に向けたユースケース創出にも注力している。

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