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「30分」AIの“名医”が、遺伝子変異を見つけるのにかかる時間

サイエンス・ライター

森 旭彦

エマージングサイエンス・テクノロジーに関する記事を様々なメディアで執筆している。関心領域は、AI、ロボティクス、宇宙開発など。

高精度な遺伝子解析をもとに、患者に最適化された治療を施す医療「プレジション・メディシン(精密医療・最適医療)」が、次世代のがん治療として脚光を浴び、実際的な医療として定着する兆しを見せている。

「がん」は、人類にとって最大の難問の一つだ。医療は長い間、この難問との戦いに苦戦を強いられてきた。しかし私たちは今、最先端の遺伝子解析技術とAIによって、がん治療のあり方が劇的に変わる夜明け前にいるのだろう。

今、最先端のがん治療では、がんそれぞれが持つ独自の「遺伝子変異」を重視した医療へと方向転換が始まっている。患者の持つ遺伝子変異を遺伝子解析によって特定、著効を示す治療薬を処方し、患者に最適化された医療を行うことが現実のものになりつつある。以前からがんが独自の遺伝子変異を持つことはわかっていたが、患者のがん細胞が持つ遺伝子変異の解析には時間と費用がかかり、一般的な医療として提供することは困難だった。しかし「次世代シーケンサー」に代表される解析技術の革新によって、遺伝子変異を時間と費用を抑えながら詳細に調べることが可能になった。

プレジション・メディシンにおいては、AIが名医として活躍する。一般的には、患者のがんの遺伝子変異の判定と治療法の決定は医師や研究者らが行う。しかし膨大なデータや資料を解析しなければならないため、人間にとっては骨の折れる作業だ。一方、IBMが開発した「Watson for Genomics」は、数千万以上という、到底ひとりの人間では理解することができないような膨大な数の論文などを学習。患者のデータを入力すれば、治療のターゲットとすべき遺伝子変異を特定し、適切な治療薬を提案する。ある大腸がんの全ゲノム解析では、人間では1年かかったとされる変異データの解釈を、30分で終わらせることが可能だったことが報告されている。

いいことづくしと思われるプレジション・メディシンだが、課題は高額な費用と保険適用だ。一部のがんは保険診療の適用を受けられるが、患者は狙って特定のがんになるわけではない。保険診療が受けられない場合は、遺伝子検査だけでも数十万円から数百万円前後とも言われる高額な費用を自己負担するか、臨床試験などへ参加するか、いずれかの手段となるのが現状だ。

アメリカでは、食品医薬品局(FDA)の認可を得ている場合に限り、がん遺伝子検査にかかる費用が「メディケア(高齢者向け公的医療保険制度)」の対象になり始めている。この流れが、民間の保険会社が遺伝子検査によるがん診断を標準的な治療法とみなす追い風となり得ることが、期待と共に報道されている。

参考

『がん治療革命の衝撃 プレシジョン・メディシンとは何か』NHKスペシャル取材班(著)

https://www.cancer.gov/about-cancer/understanding/statistics

https://www.ibm.com/think/jp-ja/watson/watson-for-genomics-professor-miyano-interview/

https://wired.jp/2018/04/05/medicare-genetic-cancer-testing/

出典:Best Engine Vol.6

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