ゴルフダイジェスト編集 世界のゴルファーを魅了する名門コースの流儀
「少年の頃の友と酒を酌み交わしたい」球聖ジョーンズが求めた理想のコース オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ
2021年4月、松山英樹が日本人初、悲願の優勝を飾ったマスターズの舞台、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ。
美しさと高い戦略性を持ち、これまで数多くのドラマを生み出してきました。
オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブは、世界のゴルファーの憧れのコースなのです。

川田 太三
日本ゴルフコース設計者協会 理事長
株式会社ティアンドケイ 代表取締役社長
1944年、東京都生まれ。米国オハイオ州立大学を経て1967年、立教大学法学部卒業。
ゴルフ場の設計23コース、改造29コースのキャリアを持ち、全英、全米などメジャートーナメントのレフェリーも歴任。
1930年、球聖ボビー・ジョーンズは年間グランドスラム(全英・全米両アマチュアゴルフ選手権、全英・全米両オープン選手権)を達成すると、28歳の若さで競技ゴルフから身を引きます。
引退後、故郷のジョージア州に理想のコースを造るべく土地探しを始め、見つけたのは州都アトランタから240km離れたオーガスタの果樹園でした。
ジョーンズの理想のコース(倶楽部)とは、英国の詩人、イレール・ベロックの詩の一節にある「私が少年だった頃にやはり少年だった男たちと酒を酌み交わしたい」を実現できる所だったといいます。14歳の頃から競技ゴルフで心身を削ってきたジョーンズは、安寧の地を切望していたのです。
探した果樹園は「ゴルフコースが造られるのを待っていた理想の用地」と、共同設計者のアリスター・マッケンジーと共鳴し、造成に取りかかります。
ジョーンズとマッケンジーの関わり合い――。ジョーンズは1929年、ペブルビーチで行われた全米アマチュアゴルフ選手権の折、新設のサイプレスポイントでプレーして、自然の景観を活かした設計の妙に感激しました。その設計者がマッケンジーでした。2人の合意は「内陸にセントアンドリュース・オールドコースのようなリンクスを造る」でした。
大恐慌後の厳しい財務状況下、認知度向上のために試合を開催

正面ゲートから続くマグノリアレーンを抜けると、アメリカを象った花壇、そして白い瀟洒なクラブハウスが現れる。
造成工事は1931年11月に始まり、翌年の5月に完成しています。こうしてジョーンズのプライベート倶楽部、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブは1932年に開場したのです。開場当時、ニューヨークタイムズは「ビギナー向けのコースだ」と酷評しましたが、ジョーンズは「その通り。プロもアマもみんなが愉しめるコース。今やゴルフは一部の裕福な人たちの娯楽ではない。アベレージゴルファーであってもコースで恥をかくような倶楽部であってはいけない」と反論しています。
開場した当初、米国は大恐慌の影響で、倶楽部としての財務状況は苦しかったといいます。財務を担当してきたのはジョーンズの盟友、銀行家のクリフォード・ロバーツ。大恐慌で打撃を受けたため、会員の募集はスムーズにいかず、マッケンジーへの設計料も一部しか払えず、彼は困窮し開場式へも参加できませんでした。
今でいうマスターズが始まったのは1934年。ジョーンズがトーナメントで知り合った名手たちを呼んで親睦を図るという、いわば“プライベートコンペ”でした。名称も第1回目は「ファースト・アニュアル・インビテーション」で、マスターズなどおこがましいと言って、許しませんでした。
しかし、ジョーンズを慕うファン、メディアなどの要請によって、1939年よりその名を承認するに至りました。メディアへの認知度を高めようとの一計で、フロリダで行う3月末までの大リーグのキャンプ取材の後、オーガスタに記者たちを招待したのです。マスターズの開催日が4月第1週というのもここに理由があります。今でいうマーケティング戦略が成功し、メジャーの一番最初の試合として、確固たる地位を築いたのです。
14本のクラブを使わせ、最高のテクニックを引き出す
私がオーガスタを初めて訪れたのは1987年。それから競技委員として2度を含む数回、この地に足を踏み入れていますが、最初の印象は「アップダウンがすごい」ということ。TV中継の映像では、この高低差は伝わりません。敷地内では、現在のクラブハウスの位置が最高地点。そこから10番は31m打ち下ろしていきます。その10番グリーンと同じ高さのティーイングエリアから20数m打ち下ろしていくのが11番で、12番ティーが最低地点です。そこには約60mの高低差があります。
日本では林でセパレートされた平坦なコースが良しとされてきました。しかし、それでは平面的変化はつけられても立体的変化はつけられません。立体的変化こそメモラビリティ(印象度)の最たるものです。
オーガスタには逆パターンのショットを必要とするホールが多々あります。左下がりのライから高い球を打たせて、横長グリーンへのアプローチ。受け勾配の強いグリーンへのロングショット。風の吹き抜けるグリーンへのショートアイアン…などです。
また、昔から傾斜を利用して距離を稼ぐドローボールが有利と言われてきましたが、それが突然、最終ホールはフェードが必要で、しかも27mの打ち上げになります。各ホールで違うショット――14本のクラブを全て使って――が打てなくてはスコアになりません。これらの変化こそ、高低差のある地形がもたらしたものといえます。
しかも毎年のようにコースを改修し、その時代、その時の最強選手が勝利するように演出する、これこそがマスターズの本質なのです。

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