2026年5月11日
第2回 フィジカルAIはどこで
価値を出すのか
フィジカルAIとは何か ―ロボット×AIが拓く新時代―
TERASAWA YUTAKA
寺澤 豊
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社
CROグループ アソシエイトプリンシパル
前回は、フィジカルAIが注目される背景として、人手不足という社会課題とAI・ロボット技術の進化について整理しました。では、実際にフィジカルAIは、どこで、どのように価値を生み出すのでしょうか。今回から価値創造に焦点を当てて考えていきます。
人の置き換えに偏っていないか
フィジカルAIはどこで価値を出すのか。この問いを考えるたびに、現在行われている実証実験の進め方に、少し違和感を覚えます。今のフィジカルAIの実証実験は、人の仕事をロボットに置き換えることが主眼に置かれ、人に似たヒューマノイドロボットに注目が集まっています。確かに、階段を上る、ドアを開ける、棚から物を取る、といった能力は、人間向けに設計された環境にロボットを適応させるのに有効です。
しかし、本当に「人に似ていること」が重要なのでしょうか。フィジカルAIの本質は、ロボットが現実世界を認識し、判断し、物理的に働きかけることにあります。
例えば、自動車もセンサーで周囲を把握し、判断して動くフィジカルAIの一種です。建物そのものが“脳”と“目”を持ち、設備や搬送機構と連動して動く形も考えられます。すでにECビジネスにおける受注から配送を担う施設での「コンテナ移動ロボット」や、顔認証機能をもち異常音、ガス、火災などの検知が可能な「警備ロボット」の活用など、人の形とは全く異なるフィジカルAIの実用例は国内外でも見られるようになっています。
それにもかかわらず、人型ロボットの実証実験が多いのは、私たちが無意識のうちに「ロボットは人間に似ているべきだ」と考えているからではないでしょうか。
部分最適では本当の効率化にはつながらない
もう一つ気になるのは、多くの実証実験が、「業務の一部だけをロボットに代替させる」発想に留まっていることです。確かに、自動化しやすい単位から着手するのは、技術実証としては合理的な進め方です。しかし、業務を部分的に最適化しても、全体の効率化に結びつくとは限りません。
例えば、洗濯物を畳むロボットがあるとします。では、洗濯物を洗濯機に入れるのは誰でしょうか。洗ったものを干すのは、畳んだ後に収納するのは、誰でしょうか。畳む工程を自動化しても、前後の作業が人手のままであれば、工程全体に必要な労力は大きく変わらないかもしれません。
実証実験で見るべきなのは、「その作業ができたか」ではなく、「その導入によって現場全体の生産性やサービス品質がどう変わったか」という点です。
既存のプロセスそのものを問い直す
フィジカルAIの導入を考える際には、今ある業務プロセスを前提にしない視点が必要です。今の仕事のやり方自体が、本当に正しく、効率的で、将来にわたって持続可能なのか。そこから問い直さなければなりません。
例えば、コンビニの人手不足を解決したいとき、店員の代わりにヒューマノイドロボットをレジに立たせることが最適解なのでしょうか。むしろ、自動販売機による販売形態を高度化し、無人受け取り設備や遠隔接客、需要予測と在庫最適化のしくみを組み合わせた方が、合理的な姿になるかもしれません。
ここで重要なのは、「今の店舗オペレーションをどうロボットで置き換えるか」ではなく、「ロボットやAIを前提に、店舗のあり方そのものをどう再設計するか」という発想です。
価値は「代替」ではなく「再設計」にある
フィジカルAIの価値は、人の仕事を代替することだけでは生まれません。既存のプロセスを変え、サービスの形を変え、利用者の体験を変えることにこそ、大きな価値があります。ロボットの導入自体が目的ではなく、ロボット、センサー、AI、そして周辺システムを組み合わせ、従来とは異なる運用や顧客体験を実現することが目的であるべきです。
人手不足への対応という守りの視点だけでなく、新しい価値をつくる攻めの視点を持てるかどうか。そこにフィジカルAIの成否がかかっています。フィジカルAIが真に価値を出すのは、社会や産業のプロセスそのものを再設計するときなのです。
次回は、この価値創出の議論をさらに進め、「価値の本質はロボット単体ではなく、周辺シ ステムとの連携にある」という視点から、フィジカルAIの実装を考えていきます。
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