2026年6月29日
第3回 フィジカルAIの価値の
本質は「連携」
フィジカルAIとは何か ―ロボット×AIが拓く新時代―
TERASAWA YUTAKA
寺澤 豊
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社
CROグループ アソシエイトプリンシパル
前回は、フィジカルAIの価値は、単に人の仕事をロボットで置き換えることではない、業務プロセスやサービスのあり方そのものを再設計することにある、という私見を述べました。
では、その再設計を進めるためには何が必要なのでしょうか。
私は「連携」、とりわけIoTの発展形による連携がポイントになると考えています。
今回はその点を詳しく記したいと思います。
ヒューマノイドの限界
近年、注目を集めるヒューマノイドロボットは、人間に近い形をしているため、歩く、話す、物を持つ、道具を使う、人を案内する、といった幅広い作業ができるのではないかと期待されています。また、現在の社会環境の多くは、当然ながら人間が使うことを前提に設計されています。建物のドアや階段、エレベーター、スイッチ、通路、机や椅子など、その環境をそのまま活用するためには、人間に近い身体を持つロボットが最適だと思われるのも自然です。
しかし、本当にそうでしょうか。
たとえば、案内ロボットを考えてみます。人を案内するロボットは、利用者とコミュニケーションを取り、目的地まで案内することが求められます。一見すると、人間の案内係に近い形をしたロボットが望ましいように思えます。
ところが、実際に案内ロボットを運用しようとすると、移動速度の問題が出てきます。人間の歩行速度に合わせてスムーズに移動できなければ、案内される側はまどろっこしさを感じてしまいます。場合によっては、利用者が途中で案内を受けることを諦めてしまうかもしれません。
では、単純にロボットの速度を上げれば解決するのでしょうか。実はそう簡単ではなく、今度は安全性の問題が出てきます。ロボットには一定の重量があるため、もし人と衝突した場合、大きな危険を伴います。周囲の人への安全をどう確保するかという新たな問題が生じてきます。
必要なのは「作業分解」
ここで改めて考えるべきなのは、「案内」とは何か、ということです。
人間が人を案内する場合、最も丁寧なのは、相手に寄り添いながら目的地まで一緒に連れて行く伴走型の案内です。しかし、ロボットによる案内も、必ずしも同じ形である必要はありません。
たとえば、最初の受付や問い合わせ対応はコミュニケーションロボットが担当する。
その後の経路案内は、デジタルサイネージやスマートフォン、ARグラス、施設内の表示装置が担う。利用者の現在地や進行方向は、施設内のセンサーや位置情報システムで把握し、必要に応じて、エレベーターやゲート、照明、表示装置が連動し、利用者を目的地まで誘導する。
このように一度「案内」に含まれる作業を分解することで、案内する目的は達成できます。むしろ、ロボットが利用者の前をゆっくり歩いて案内するよりも、利用者にとって自然でわかりやすい体験になる可能性があります。
作業を分解し、それぞれを別の機能で担うのであれば、重要なのは、ロボット単体の能力ではなく、ロボット、センサー、表示システム、位置情報、設備制御、人間の行動の組み合わせになるわけです。
空間そのものが知能を持つ
このように考えると、フィジカルAIの未来は、単体のロボットが何でもこなす方向だけではなく、空間そのものが知能を持つ方向に進んでいくのではないかと思います。言い換えれば、建物や施設全体に「脳」が搭載されるようなイメージです。
その空間の中で、各ロボットがそれぞれの役割を果たします。あるロボットは受付を担当し、別のロボットは搬送を担当し、別のロボットは清掃や点検を担当する。さらに、デジタルサイネージ、エレベーター、自動ドア、センサー、照明、セキュリティシステム、業務システムが連動し互いに連携させて、空間全体として統合的に制御する。いわば、オーケストラのように全体を指揮する仕組みが必要になるのです。
空間そのものに知能を持たせる前提として、どの作業をどの設備がどのデータを使って担うのか、人間はどのように関与するのか、異常時には誰が判断するのか、これらを含めて設計する必要が生じます。こうした設計のもとで初めてロボットは現場で価値を生み出すことができます。
IoTからフィジカルAIへ
このように説明すると、どこか途方もない話のように聞こえるかもしれません。しかし、私たちはすでの空間に知能を持たせるためのツールは手にしています。それがIoTです。
これまでIoTは、センサーやデバイスをネットワークにつなげ、温度、湿度、人流、設備の稼働状況、カメラ映像、入退館情報など、さまざまなデータを取得し、可視化することが主眼でした。
フィジカルAIの時代には、IoTで得られた情報をもとに、ロボットや設備が現実世界に働きかけることができます。人がどこにいるのか。荷物がどこにあるのか。設備がどの状態にあるのか。通路が混雑しているのか。エレベーターが使えるのか。目的地までの経路に障害物があるのか。こうした情報を統合して空間全体を把握し、そのうえでロボットや設備が連動して行動することに発展させることが可能です。
フィジカルAIは「ロボット導入」の話ではなく、「空間と業務の再設計」の話なのです。
次回は、このようなフィジカルAIの社会実装が、なぜ簡単には進まないのかについて考えていきます。特に、ロボットの「頭脳」をどのように考えるべきか、そして現実世界で自律的に働くためには何が難しいのかを掘り下げていきます。
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