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生成AIを経営資源に変える

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Liquid AIとCTCが描くエッジAI(デバイス完結型AI)の未来

生成AIを経営資源に変える ~Liquid AIとCTCが描くエッジAI(デバイス完結型AI)の未来~

Liquid AI × CTC:軽量・高速・セキュアなAI活用が切り拓く新たな潮流

生成AIに代表されるAIが急速に普及しています。AIは様々なエリアに適用でき、省力化や自動化などに寄与します。企業においても業務の効率化、属人化の排除だけでなくDX推進にも効果的で、新たなビジネスの創出にも役立ちます。逆に言えば、AIを採用していない企業は競争の舞台にも上がることができない状況になっていくでしょう。

生成AIはクラウドサービスでの利用が主流ですが、学習データや生成結果が社外に出てしまうことによるセキュリティ上の懸念を持つ企業も多いと思います。しかし、自社で生成AIの仕組みを実現しようとすると大規模なサーバの構築が必要になり、コストが負担となる場合があります。その投資が回収できるのか不安に思う経営陣も多いでしょう。

伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(以下、CTC)は2024年10月、米国マサチューセッツ工科大学発のスタートアップ Liquid AI, Inc.(以下、Liquid AI)の日本法人であるLiquid AI株式会社に出資したことを発表しました。Liquid AIは同社による独自のアーキテクチャ「Liquid Neural Network(以下、LNN)」を用いて「Liquid Foundation Models(以下:LFMs)」という基盤モデルシリーズを開発しています。

  • リキッドニューラルネットワーク(LNN)とは
    ニューラルネットワークとは、人間の脳の神経細胞(ニューロン)の仕組みを模倣して設計された、情報処理と学習を行うためのコンピュータモデル。これは、現代のAI技術の根幹をなす要素であり、特にディープラーニングの進展を支える基盤技術として広く認識されている。
    リキッドニューラルネットワーク(LNN)とは、従来のニューラルネットワークの発展形であり、線虫の神経系に着想を得た動的な数理モデルである。特に時系列データ(時間の経過と共に変化するデータ)の処理において、飛躍的な性能向上をもたらす技術。その名称が示す通り、固定的な構造を持つ従来のニューラルネットワークとは異なり、液体のように柔軟にその内部状態を変化させ、適応する能力を持っている。

LFMsは、LNNに加え複数の特長的な基礎研究を基に開発が進められており、より大規模で汎用的なAIモデルを、従来よりも効率的かつ持続可能な形で実現することを目指しています。生成AIで多く採用されているTransformerアーキテクチャベースのモデルと異なり、処理にあたっての計算量とメモリ消費量が少ないことが特長です。また、非常にコンパクトな設計であり小型のコンピュータやエッジデバイス上でも高い性能を発揮し、通信コストや電力消費の削減にも寄与します。このような特性から、多岐にわたる産業分野でAIによるメリットを享受できます。これは革新的なことです。

CTCは、1980年代から北米を中心とした最新テクノロジーの市場調査や新製品・サービスの発掘、パートナー連携により技術力とノウハウを蓄積しています。1990年にはCTC Americaを米国に設立し、最先端テクノロジーをいち早く取り込み日本国内のビジネスを加速させてきました。こうして “まだ知られていなかったプロダクト” を、“市場を動かす主役” へと育て上げてきました。
近年はこれまでの取り組みを拡張すべく「CTC North American Partnership Program(以下、NAPP)」というプログラムに基づいてビジネス共創の取り組みにつなげる活動を行っています。具体的には、欧米のベンチャーキャピタルが組成、運営するテック系ファンドへ出資し、未来あるスタートアップと先行して関係性を構築することで新規のビジネスにつなげていきます。
今回のLiquid AIとの協業はCTCにとっても新しい取り組みの1つです。革新的で将来性があるLiquid AIの基礎技術を単なる先進技術の輸入ではなく、それを「使える形」で市場に届ける、テクノロジーとビジネスの架け橋になろうとしています。

Liquid AIが開発しているLFMsがサービス化されれば、小型のコンピュータやエッジデバイスでセキュアな生成AIを利用できるようになります。CTCとLiquid AIはこのLFMsをベースにした言語LFMの日本語化を共同で進めると共に、CTCの社内で試用して検証を進めています。このプロジェクトの背景や意義、市場に与える影響などについてCTCの柘植会長とLiquid AIのRamin CEOの対談から、その実情に迫ります。

コストや電力課題の解決は第一歩、目指すのはデジタル格差の解消

――Liquid AIの技術はグローバルで普及が加速する企業のAI活用にどのようなメリットを提供するのでしょうか?

Ramin:現在の高度なAIシステムの開発には、大規模なデータセンターやクラスタが必要となり多額な投資が不可欠です。しかし、私たちの技術を活用することで、そのコストを1/10から1/1000以上に削減できます。これにより、より持続可能な形でAIを利用できるようになります。エネルギーと電力の消費を削減することで、AIをエッジデバイスや小型ハードウェアに搭載でき、AIの利用可能性と経済性が飛躍的に向上します。企業は数億ドルの投資を必要とせずに、必要な機能を実装させることができます。つまり、私たちの技術の核心的なメリットは、他の企業と比べて大幅に低い投資コストで同等またはそれ以上の結果を達成できることです。

Liquid AI社 Ramin CEO

Liquid AI社 Ramin CEO

柘植:AI処理の電力消費増大が課題となる中、Liquid AIの技術は大幅な省電力を可能にします。 さらに、Liquid AIの大きな強みとしてエッジ環境でAI処理を実行できる点が挙げられます。 エッジAIでは、インターネット接続が不要になるため、リアルタイム処理が可能になるだけでなく、プライバシー保護にも貢献します。 例えば、30億ものパラメータを持つ大規模なAIモデルをUSB端末のような小型デバイスで扱えることは、非常に画期的です。 同時にエッジ以外の大規模データ処理環境とも共存できる点も評価できます。

Ramin:AIをデバイスに搭載することで、高セキュリティとなる利点もあります。例えば、Liquid AIのモデルを搭載したUSB端末をノートPCに接続すれば、クラウドにデータを送信せずにローカル環境でAIを実行できます。これにより、ユーザーにとって重要なプライバシーが保護されます。機密性の高い情報をクラウドやAPIプロバイダーといった外部に送ることに抵抗がある場合でも、安心してAIを利用できます。このローカルモデルを低コストで実現し、AIのプライベート利用を可能とすることはユーザーにとって非常に有益です。

柘植:デジタル格差(情報格差)の問題が言われて久しいですが、その課題解決に取り組むにも数千億のコストがかかり、大企業しか取り組めない状況です。Liquid AIの技術は、エネルギー問題だけではなく、そのようなデジタル格差の問題に対しても有効だと考えています。

Ramin:2025年1月末に私が出席した世界経済フォーラムで議論されたトピックの1つが「公平性」でした。私たちは皆、ノートPCやインターネットといった技術自体にアクセスできる権利があります。しかし、世界の人口の約40%はインターネットに全くアクセスできません。私たちが提供する技術のグローバルな影響であり目的の1つは、インターネットや教育へのアクセスが限定的な地域の人々に、均等な機会を持つことを可能にすることです。

生物学から生まれたLiquid AI、その広範な可能性

――CTCとLiquid AIが協業に至ったきっかけを教えてください。

柘植:CTCでは、海外スタートアップと強固なパートナーシップを構築してビジネス共創につなげる取り組み「NAPP(North America Partnership Program)」を行っています。その関係で、ベンチャーキャピタルOSS CapitalのJoseph Jacks氏がLiquid AIを紹介してくれたことが始まりです。話をうかがって「これはすごい技術ではないか」と思いアプローチし、2024年の初めから本格的に日本で協業していくことになりました。「Liquid AIはCTCのビジネス変革の起爆剤になり得ます。CTCの将来を見据えた新たな価値創出に向けて共にチャレンジしたい」とRaminさんに話しました。

CTC 柘植会長

CTC 柘植会長

Ramin:私たちは、AI技術が日本の人々や企業に有益な相乗効果を生むと考えていますが、それを実現するためには強力なパートナーが必要です。CTCは、日本市場へのアクセスと市場理解が非常に優れています。日本にはAIの開発と展開における大きな機会が存在し、CTCとの協業によりその実現性がより高くなると考えました。「Liquid AIが開発した新しい技術を社会実装し、持続可能な形でのAI利用を進める」というお互いのビジョンが合致したため、日本市場での展開と新たな価値を創出することを共同のアジェンダとして設定しました。私たちは日本の企業に対して、より持続可能な形のAIを提供することを目指しています。

――これからのAI市場とLiquid AIの技術可能性についてどうお考えですか?

柘植:今の生成AIの主流であるtext to textだけではない、本当の生成AIの強みを生かした「次」がくる時、Liquid AIの技術が非常に有望だと感じます。生成AIの使い道はたくさんあり、Liquid AIの基盤モデル「LFMs」をベースに例えばドローンに活用するなど、Liquid AIの「エッジ」という強みを活かして、今後さらに発展していくでしょう。日本市場は深刻な人手不足の問題や地方課題もあるので、役に立てると感じます。個人的には農業への活用に期待しています。

Ramin:もちろん農業にも有効です。私たちの技術は「線虫」から着想を得ています。線虫の脳を研究し、その知識を基に現在のAIシステムへと進化させました。つまり、私たちの技術は生物学から派生しています。線虫は少ないニューロンしか持たないのに、非常に複雑な行動ができます。この技術は科学研究の域を超え、企業に価値提供できる段階に来ています。この技術革新は、持続可能な農業への貢献も実現します。つまり、AIは非常に持続可能であり、同時に農業ビジネスの生産性向上にも寄与します。

――Liquid AIの技術に対する顧客の反応はいかがですか?

Ramin:私たちの現バージョンのAIモデルは、特に規制が厳しい法律、金融、医療などの業界に効果を発揮します。これらの業界の企業が持つ情報はクラウドではなくオンプレミスで保持され、機密性が求められます。その上で、各社はユーザーに利便性の高いアプリやサービスを提供しなければなりません。そこで私たちの技術が役に立ちます。消費者向けのデバイスで、すべてのユーザーがプライベート版のAIに簡単にアクセスできるようになるからです。

さらにモビリティ産業では、将来の車両、ドローン、航空電子機器における自動化の進展が予想されます。例えば東京のような大都市で100万台もの自動運転車が走行する状況を想像してみてください。これらの車両はネットワークで連携しますが、その知能がクラウド上にある場合はセキュリティ上のリスクが生じます。しかし、知能が個々の車両にローカルに存在する場合、それは人間と同様に個々の実体と見なされ、攻撃を受ける脆弱性が大幅に減少します。

ローカルでのプライベートAIの影響は想像以上に大きいです。私たちはCTCと共に各セクターのクライアントにこの技術の可能性を具体的に伝え、パートナーシップを結びビジョンを実現していきます。

Liquid AIの技術は世の中のコアになり、CTCのコアビジネスにもなる

――日本市場における戦略について教えてください

柘植:まずは広くLiquid AIの存在を知ってもらうことが必要です。その上で、CTCの幅広い業界のお客様と成功事例を作っていきたい。既に数社は興味を示していただいており、Liquid AIとうまくフィットしそうなところもあります。1業種1社ずつで4、5個の事例が作っていけると良いですね。

――日本市場は非常にユニークですが、海外と比べて日本市場の独自の課題は何ですか?

柘植:よく言われることですが、やはり意思決定に時間がかかり変化への適応が「遅い」と感じています。世界が時速300キロのF1級で走っている中で、50キロの安全運転をしていたら逆に危ないですよね。せめて100キロくらいで走らないと周回遅れになってしまいます。もちろん、CTCのお客様でも200キロ出そうと頑張っているところもありますが、多くは慎重に慎重を重ねています。CTC自身もスピードを上げなければ取り残されてしまいますし、この世界の潮流をお客様へ正しく伝えることもCTCの仕事です。

――CTCはこのスピードをどう上げていく?

柘植:新しい価値の創出へのチャレンジに興味がある人をアサインする必要があると考えています。また、マネジメント層が「いいからやろうぜ」と言葉にして、実行を後押しすることも大事です。多くの人がリスク対応にこだわりますが、CTC内部のスピードアップは私が後押ししていきたいですね。

――将来のビジョンについてお伺いします。例えば、3~5年後のIT市場はどのようになっていると思いますか?また、両社が市場で果たす役割は何ですか?

柘植:今後AGI(汎用人工知能)とASI(人工超知能)の時代に向かうことを前提として、それまでに何をすべきか考えて動くことが重要です。その中で、Liquid AIのユニークな技術は今後世の中のコアになり、CTCのコアビジネスにもなり得ると考えています。あらゆるものにLiquid AIの技術が入っていくと面白いですよね。そのための準備をしていきたい。良い意味でのいい加減さと大胆さでビジネスを進めないと、新しい価値の創出へのチャレンジは進まない。CTCは「前例のない領域」に行こうとしているのですから。

Ramin:私たちは、人々が自分の知能を所有する権利を擁護したいと考えています。家を所有するように、知能も所有し管理できるべきです。それを実現するためにはLiquid AIの技術が不可欠であると感じています。知能の質は向上し続けており、AIの分野は急速に発展しています。最新のトレンドを常に把握し、これまで未開拓だった領域を探索することが非常に重要です。さらに未来のことも考えるべきです。将来はAIの媒体や形状が変わる可能性もあるわけです。Liquid AIはその時代でも中心的な役割を果たすと考えています。

柘植:日本語対応モデルはまもなく登場します。そのために、まずはCTCで実験フェーズを行いたいと考えています。例えば、CTC社員が通常業務で使用しているノートPCにLiquid AIのモデルを搭載して使ってみる。それにより良い点や改善が必要な点が明らかになります。ユーザーのスキルによっても差が出てくるでしょう。私たち自身がLiquid AIを理解し、チューニングして向上させていく。そして本格的に使えるモデルになっていき、「頭脳」になっていく。その頭脳を様々なデバイスに搭載していくことができれば面白いと考えています。

  • 2025年5月現在、1B/3B/7B/40Bの各サイズにおいて日本語対応(テキスト)のモデルが出ています。

Liquid AIとCTCで完成させて企業の課題解決に寄与する

――最後に、日本市場へ向けたメッセージをお願いします。

Ramin:問題解決に役立つAIの開発には、問題をよく理解できる人間が中心に位置することが重要です。私たちLiquid AIは技術者集団であり、技術は持っていますが、市場の理解や経験が足りません。CTCは日本市場への広く深い理解、そして大規模な企業運営の経験があります。CTCと協力することで日本企業の皆様が活用できる、より優れた技術を作り出すことができると確信しています。

まずはCTC内部で検証を進め、日本市場のお客様にこの技術を提供していきたいと考えています。また、私たちはこの技術を利用してくださった皆さんからのフィードバックを期待しています。具体的なユースケースやAIモデルが得意なこと・不得意なことについての意見を共有いただければ、それをもとにモデルを反復的に改善し、価値を提供し、プロセスを加速させていくことができます。

柘植:Liquid AIはCTCにないものを持っていますし、彼らにないものを私たちは持っています。一緒に技術を発展させていきたい。そこにお客様も一緒に共創する「新・エコシステム」を目指せたらなおいいですね。お客様へ「できたものをもっていく」ではなく「まずは使ってもらう」、その上で良し悪しを判断し、改良を行っていく。Liquid AIは優秀な技術者集団ですから、非常に短時間でフィードバックに対応してくれます。そのフィードバックと改善のループを高速に回せば、モデルはどんどん良くなる。お客様のビジネスにもメリットをもたらし「for the better society」になっていくと思います。

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