フィジカルAIが浸透した世界で、人はどうAIとの協働作業を行っていくのでしょうかー新しいテクノロジー、それも人の行動に直接関わるフィジカルAIに、デザインが向き合うことで、未来の体験を描き、実装するための実践活動を行いました。今回は、実践活動を通して得た、体験をデザインしていくことの重要性を座談会形式でお届けします。
エンジニア:寺澤豊、デザイナー:西村夕葵、モデレーター:森下晶代
セミナー登壇時の様子(寺澤氏・西村氏・森下氏)
フィジカルAIとはなにか
—— おさらいですが、フィジカルAIって何なのでしょうか?
寺澤:フィジカルAIと聞くと、まずロボットを思い浮かべる方が多いと思います。その中でも、従来の産業用ロボットは、決められた動作を繰り返し実行する仕組みで動きます。塗装ロボットや組み立てロボットなどは高速かつ正確に動作しますが、想定外の状況には対応できないという面があります。一方でフィジカルAIは、「認識する」「判断する」「行動する」という三つの機能を持ちます。例えば移動中に障害物を見つけた場合、単に停止するのではなく、「回避可能なのか」「回避すべきなのか」を判断し、自律的に行動することができます。
もうひとつの視点として生成AIとの比較があると思いますが、生成AIが情報空間の中で進化してきたのに対し、フィジカルAIは実世界で人と同じ空間において共存する存在です。そのため技術だけではなく、「人との関係性」が極めて重要になるAI技術です。
フィジカルAIの「認識・判断・行動」を示す概念図
「デザインが分からない」から始まったプロジェクト
—— ところで、なぜデザイナー(Buildサービス部)に声をかけてくれたのですか?
寺澤:「デザインが分からなかったから」ですかね(笑)。私もそうなのですが、デザインという言葉を聞くと、多くの人は画面デザインやWebデザインを思い浮かべると思うのですよ。でも、Buildサービスのデザインは、話を聞いていると戦略やサービス、体験そのものを設計していく活動と聞いていて。フィジカルAIは「人との関係性」が大事と伝えた通りなので、体験の設計と相性が良いのではないかと思いました。以上の仮説があったのですが、エンジニアとしての本音は「分からないからこそ試してみたかった」ですね。
エンジニア:寺澤氏
森下:やはり実験だったのですね(笑)。今回の取り組み、私たちとしては「デザインタスクフォース」というCTC社内のデザイン実践活動、誰もが取り組める「デザインの民主化」活動のひとつとして、位置付けて活動の企画をしました。私たちもフィジカルAIについてよく分からなかったのですが、未来の兆しを可視化できるのではという期待をもとにご一緒しています。
新しいものを行うときによくあるのが、活動事例が欲しいということも多いのではないかと思います。ただし事例があるということは過去のもの。これからを創る、リードする私たちが挑むのは、未知の領域だからこそ実際に取り組みながら理解していく。この好奇心こそが活動の出発点でした。
モデレーター:森下氏
なぜフィジカルAIにデザインが有効なのか
—— 今回の活動テーマは何だったのでしょうか?
西村:今回のプロジェクトで設定したテーマは、「会議体験のアップデート」。フィジカルAIが浸透した未来の会議室では、どのような体験が実現できるのか?そのヒントを探るため、私たちは秘書業務に着目しました。役員や本部長の会議を支える秘書は、スケジュール調整から会議室手配、来客対応、飲み物の提供まで、多くの業務を担っています。しかし重要なのは作業そのものではなく、その背景にあるホスピタリティだと思うんです。さりげない会話や、ちょっとした気遣いなど、色々あるのではと予想しました。そこで実際に7名の秘書へインタビューを実施し、人らしい気配りとは何かを分析しました。
デザイナー:西村氏
—— 「人らしい」とはどのようなことだったのでしょうか?
西村:インタビューを通じて見えてきたのは、「感情の機微を読む力」の重要性でした。相手の表情や雰囲気から、「今は話しかけない方がいい」「少し緊張している」「今日は機嫌が良さそうだ」といった微妙な変化を感じ取り、行動を変えていることがよく分かりました。小さな配慮の積み重ねが会議の快適さを生み出していました。
寺澤:そうですよね。とはいえ、現時点でもAIによる感情分析技術は存在していて、コールセンターなどで活用されています。しかし、人間の感情理解を完全に代替するにはまだ課題が残っていて、テクノロジーは発展しているが、人間同士の信頼関係や空気感の共有には、依然として人の力が必要だなと思います。
未来の会議室に描いた2つのアイデア
—— 分析を経て実際にプロジェクトで考えたアイデアはどのようなものでしたか?
西村:プロジェクトでは、2つのフィジカルAIを組み合わせた未来像をアイデアとして描きました。
1つ目は、受付や案内を担当するホスピタリティロボットです。来訪者を迎え、会議室へ案内し、飲み物を提供する行動全般をサポーターとして人を支援する役割を担うアイデアです。
2つ目は、「会議室そのもの」がフィジカルAI化するという発想です。会議室内の状況を把握し、利用者の状態に応じて照明や環境を調整します。片付けや管理も自律的に行う空間そのものになります。
ただし議論の中では、「どこまで任せるべきか」という問いも浮上しました。ユーザー検証では「物理的な作業は任せたい」「でも人間関係に関わる部分には入り込んでほしくない」という声が多くあり、この塩梅の調整こそがデザインが入る理由かなと思いました。
2つのフィジカルAIを組み合わせた未来像をアイデア
また、私はフィジカルAIは人を完全に置き換えるものではなく、人間が本来注力すべき領域を支援する存在として期待されていると考えています。つまり、人とフィジカルAIはそれぞれの役割を担いながら協働していくことが前提になると考えています。そのため、人とフィジカルAIがうまく共存していくためには、「フィジカルAIとの協働を前提に、人が快適に過ごすにはどうすればよいか」という新たな視点が求められてくると考えています。
デザインの有効性をあらためて
—— フィジカルAI導入でのデザインの有効性はどのあたりにありましたか?
西村:フィジカルAIとデザインの関係性は、生成AI以上に重要性が高まるなと感じています。生成AIは基本的に画面の中で完結する存在なので人との接点は限定的です。しかしフィジカルAIはより人の近くで動き、判断し、時にはダイレクトに人の行動に影響を与えるのでより深い検討が必要だと感じています。良い印象だけでなく、事故の可能性や不安感も含めて、人間との密接な関係性がAIとの間に生まれます。そのため単に機能を設計するだけでは不十分であり、人がどのような体験をするのかを設計する必要があるのでそこに効いてくるなという印象です。
森下:デザインとは単なる見た目ではなく、「人の体験を設計すること」であるということを特に大切にしています。だからこそフィジカルAIの導入においては、技術と同じくらいデザインの力をかけて、フィジカルAIの「認識する」「判断する」「行動する」という三つの機能を強化していくことが重要だと考えます。
技術の足し算ではなく引き算のデザイン
—— 今回の活動を通じて、フィジカルAIというテクノロジーをもっと活用していくための発見はどのようなものでしたか?
寺澤:今回の活動で最も印象に残ったことが、「引き算の発想」でした。エンジニアだと、どうしても技術を詰め込みたくります(笑)。できることが多いほど価値が高まると感じるからなのですが。でも、今回の設計の途中の検証で気づきましたが、ユーザーは必ずしもそうではなかった。なので、望まれていない機能は省き、本当に必要な価値だけを残すことが必要でした。何を実現するかだけでなく、「何をやらないか」を決めることも重要でした。この気づきはデザイン活動をした大きな成果だと思います。
これからに向けて
—— 最後にフィジカルAIはまだ本格普及の途上ですが、その可能性への期待は?
一同: 2030年代に向けてロボティクスや基盤モデルは進化を続けます。しかし技術が成熟するのを待つだけではなく、今から「どのような未来をつくりたいのかを考え続ける」ことこそが必要だと思います。
プロジェクトチームの集合写真
ロボットフレンドリーな建物や空間づくり、長期的な体験設計、人との役割分担など、デザインが果たす役割はますます大きくなる兆しを、本活動を通じて感じました。今回のプロジェクトが示したのは、フィジカルAIの未来は技術だけでは描けないということです。人の感情や体験を理解し、共存のあり方を考えるデザインの力こそが、これからのフィジカルAI時代を支える重要な要素になっていく——今回の座談会は、そのことを私たちに教えてくれました。デザインタスクフォースの活動は、これからも続いていきます。