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|特集|量子コンピュータの可能性に挑む

量子コンピュータの
可能性に挑む 【特集】伊藤 公平 × 里見 英俊

「確率」や「位相」で表現される量子の世界

里見
その一方、ハード面とは別に、ソフト面でも乗り越えるべき課題が多くありますよね。その一つが量子ビット上の操作を、解くべき問題の計算に対応させるためのアルゴリズムをどうやって作るかです。量子コンピュータは、現行のコンピュータとは考え方が全く異なります。従来のように、様々な現象をXYZなどの変数を使った数式で表して、それをプログラムに書いて計算させるといった考え方をいったん全部捨てないといけない。ではその代わりにどうすればいいのかという点は、あまりわかっていない状態ではないでしょうか。
伊藤
量子コンピュータでは、解きたい問題ごとに、計算の元となるデータを量子ビット上にマッピングし、量子ビットごとに0、1の確率論的な重み付けを決めて計算させなければなりません。更に、量子力学では情報を波で扱うのですが、ここでは「位相」という考え方も重要です。自然現象や社会現象をどのように解釈して、波の振幅や位相に表現し計算するか、そして得られた計算結果からどのような意味を取り出すかは、従来とは全く別の考え方で取り組む必要がありますね。
里見
位相は、重ね合わせと併せてわかりにくい概念ですね。量子を波として捉えた時の重ね合わせ方と言えばいいのでしょうか。波と波の重なり具合によって、波が強まったり弱まったりする現象を考慮しなければならない。
伊藤
量子ビットには位相をずらすなどの操作が可能で、複数の位相のパターンを計算して答えを出してみると、答えが分布という形で集約されてきます。それを世の中の事象に解釈して、この答えはこういう意味を持つのだろうと評価する。
確率の考え方を基礎に持つことは、解答が1つに定まらないことを意味するので、決まった入力に対し決まった解答を出すという私たちの考え方を変えていかなければなりません。
伊藤教授の研究室にて

質量数28のシリコン同位体だけが並ぶ層を持つウェハー(集積回路を載せる板)が研究室で作られる。
ノイズが少なく、量子コンピュータのベースとなる。(伊藤教授の研究室にて)

「量子的思考」を持つ人材を育てる

里見
現在、クラウド経由でIBM Qを体験できるようになり※4、ごく簡単な計算であれば量子コンピュータを用いて解くことを体験できます。使用してみましたが、これまでの数学やコンピュータの分野で仕事をしてきた人が触ると、多分ショックを受けるだろうとも感じました。あまりにもアプローチが異なるからです。
伊藤
我々が書くような数式を、位相というもう一つの自由度を加えた量子力学的なプログラムに置き換えていくところは、数学に強い人であればできる人はいると思いますが、それをどうやって量子ビットに関連付けていくかについては、若いうちから量子コンピュータ的な思考に浸ってきた人でなければなかなか難しいでしょう。すなわち、量子コンピュータの発展のためには、量子的思考が染みついた「クォンタム(=量子)ネイティブ」とも呼べる若者を育てることが必須なのです。慶應義塾大学に今年立ち上がった「量子コンピューティングセンター」の役割の一つは、まさにそこにあります。
里見
まっさらな状態で量子コンピュータの実機に触れて、使い方や結果について議論する。そうしてとにかく色々と試して遊んでいく中で量子的思考が身に付いて、新しいパラダイムを生み出していく。その先に量子コンピュータの本当の発展があるのでしょうね。
伊藤
そうした中、若い世代が、私たちが全く想定もしていなかったような使い方を発見していってくれることも期待しています。量子ビットを1,000個まで増やさなくても、こうやったら、こんなすごい計算ができるじゃないかとか、このハブからそういう流れでできていったらとても嬉しいですね。
  1. クラウド経由でIBM Qを体験的に使うことができる
    IBM Q Experienceにて体験できる。音楽の五線譜のような画面に、量子ゲート(演算子)をドラッグ&ドロップで置いて計算を行うのが特徴的。

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