IT Terminology
IoB(Internet of Bodies)
毎年1,000人がチップを埋め込む国
話は2017年にさかのぼります。アメリカのテック企業「スリー・スクエア・マーケット」では、希望する従業員に対して体にチップを埋め込むサービスを始めました※4。そのチップは、大きな米粒ほどのサイズで、手に埋め込むと、会社の建物に入ったり、PCにログインしたり、社内の食堂で食べ物を買ったりすることが手をかざすだけでできるようになります。
サービス開始時に50人ほどの社員が実際に埋め込み、その後1年の間に、さらに30人が埋め込んだとのこと。つまり2018年の段階で、約250人の社員の約3分の1に当たる80人ほどが利用するようになっていました。ちなみに、チップは取り除くことも可能であるものの、80人が埋め込んだ段階で、取り除いたのは会社を辞めた2人だけとのことです。
今から3年以上前に既にそんな会社があったことに驚かされますが、しかし、実はこれも最初の例ではありません。スウェーデンでは2015年から、同様に、手に埋め込んだチップで支払いをしたり、入室のためのカギとして使ったりするという人が現れていたのです。先の「スリー・スクエア・マーケット」の社長はスウェーデンのその実態を知って、同じことを会社でやろうと考えたということでした。しかもスウェーデンでは、チップの埋め込みが始まってから毎年およそ1,000人が新たに埋め込みを行い、2020年の段階では、6,000人程度がチップを埋め込んだと推測されています。またイギリスでも、2018年の段階で、社員へのチップの埋め込みを行っている企業が確認されています。
このように、数年前から先進国の一部では、埋め込み型のIoBデバイスは、脳へではないものの、現実となっていました。しかし一方、ネットで検索する限り、ここ1、2年についてはIoB関連の記事(英文)はわずかにしか見つかりません。IoBの概念が年々広く認知され、チップなりのデバイスを埋め込む動きが各地でどんどん拡大しているという状況ではひとまずはないようです。
ただし今後、医療の発展が進む中で、IoBの活用が広がるのは間違いないと考えられます。既に先の第1段階で、生体データを取得して健康に生かすということは日常的になっています。そこからさらに一歩進んで、第2、第3段階のような形で、体内から心臓の動きや血液の状態を常時精密に監視することができるようになれば、体の状態により合致した医療を施すことが可能になり、さらなる医療の発展にはそれが必要だからです。「人生100年時代」が来るとすると、それは、埋め込み式のIoBが普及することで現実になるのかもしれません。
医療以外にも、埋め込む理由が
しかし、デバイスを体に埋め込んで生体データを取得することについて、様々な懸念があることは想像に難くありません。IoBがもたらすメリットとリスクなどについて研究を進める、アメリカのシンクタンク「ランド研究所」の研究チームは、IoBに潜むリスクとして、プライバシーとセキュリティの問題をまずあげています※5。取得されたデータが不正に利用されないか、また、サイバー攻撃などのリスクをどうなくすのか。法整備が不十分なまま、IoBの利用が進んでいるため、早急にそうした点について議論がなされる必要があると警鐘を鳴らしています。加えて彼らがあげるのが、さらなる倫理的な問題、すなわち、個人の自律が侵されるかもしれないという問題です。取得されたデータが誰のものであるか、という点から、IoB利用を前提として社会システムが構築されるようになったら、そこから漏れる人の権利はどうなるのか、といった点まで、解決されなければならないことは多くあります。
しかしながら、将来私たちに、体内へのデバイスの埋め込みを迫るのは医療ではないかもしれません。ニューラリンクのマスク氏は言います。人間は、今後ますます強力になっていくだろうAIに対抗するためには、脳へデバイスを埋め込むことがどうしても必要になるであろう、と。
SFだと思っていた世界は、もう既に始まっていると言えるかもしれません。

参考
- 「This company embeds microchips in its employees, and they love it」 MIT Technology Review, 2018年8月17日
https://www.technologyreview.com/2018/08/17/140994/this-company-embeds-microchips-in-its-employees-and-they-love-it/ - 「The Internet of Bodies Will Change Everything, for Better or Worse」 The RAND Blog, 2020年10月29日
https://www.rand.org/blog/articles/2020/10/the-internet-of-bodies-will-change-everything-for-better-or-worse.html/
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