デジタルトランスフォーメーション(DX)に資するITインフラはどうあるべきか──。そのテーマの下、先ごろ、CTCとシスコ、ネットアップ、ヒューレット・パッカードエンタープライズの4社でランドテーブル形式のディスカッションが行われた。このディスカッションを通じて、DXの推進・成功のために必要とされる企業IT革新の方向性が明確に示されている。以下、ディスカッションの全容をご紹介する。
写真左から、
日本ヒューレット・パッカード株式会社
ハイブリッドIT事業統括 プロダクトアーキテクト統括本部 製品技術本部 サーバーソリューション部
ITスペシャリスト 齋藤 豪氏
シスコシステムズ合同会社
データセンター バーチャライゼーション事業担当
執行役員 石田 浩之氏
ネットアップ合同会社
システム技術本部 ソリューションアーキテクト部
部長 神原 豊彦氏
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社
データセンターサービス本部 DCサービス営業部
営業推進課 課長 岩崎 敬介氏
デジタルの時代:企業ITインフラに何が起きているのか?
ご存知のとおり、デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、先進のデジタル技術によって業務やサービス/製品を変革し、市場での競争優位を確保するための取り組みである。近年、日本を含む世界の企業がDXの取り組みに力を注ぎ始めている。
その中で重要性を増しているのが、新しいサービス、あるいはアプリケーション開発のスピードを増すことと運用管理の効率性を高めることの2点である。果たして、この2つを同時に実現するために必要とされるITインフラ革新とはいかなるものなのか──。
そうした疑問への解を導出すべく、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(以下:CTC)は、CTCのパートナー企業であり、世界の市場で企業ITインフラの変革をリードするテクノロジーカンパニー3社のキーパーソンにお集まりいただき、CTCを交えたランドテーブル形式のディスカッションを催した。
本ディスカッションに参加したのは、CTCの岩崎 敬介と、シスコシステムズ(以下:シスコ)の石田 浩之氏、ネットアップの神原 豊彦氏、そして日本ヒューレット・パッカード(以下:HPE)の齋藤 豪氏である。以下、そのディスカッション内容を報告する。なお、ディスカッションの進行役は、編集部が務めた。
DXに必要なITインフラの要件
編集部:早速、DXに必要とされるITインフラとは何かについて、皆さんの見解を伺っていきたいと思います。そのきっかけづくりとして、データセンター事業を通じて、多くの企業のITインフラの変化をとらえている岩崎のほうから、DXの潮流の中で、企業のITインフラにどのような変化が起こりつつあるかについて話してもらいます。
CTC 岩崎:これは一般論になるかもしれませんが、DXの推進に必要なITインフラの要件は、大きく3つあると考えています。1つはAI(人工知能)やIoT、5G(第5世代移動通信システム)などの先端技術を使った新しいサービス/アプリケーションの開発・展開がスピーディに行えること。もう1つは、社内のあらゆるデータの活用が容易であること。3つ目は、運用管理の手間が必要最低限に抑えられることです。これらの要件と照らし合わせて、企業のITインフラにどのような変化が起こるのか、あるいは、必要とされるのかを考えていくと、いくつかの方向性が見えてきます。
編集部:それはどのような方向性でしょうか。
CTC 岩崎:1つは、特殊性が高く運用管理に多大な手間とコストがかかる旧式のシステム(レガシーシステム)のモダナイゼーション(近代化)です。また、もう1つはITインフラのハイブリッドクラウド化です。
近年では、企業におけるクラウド利用が活発化し、多くの企業のITインフラは、オンプレミスと複数の異なるクラウドが混在した環境になっています。オンプレミスとクラウドが混在していること自体は問題でありません。ただし、それぞれがサイロの状態にあると、DXのためにITインフラを最適化したり、データの有効活用を図ったり、アプリケーション/サービスの開発・展開スピードを向上させたりすることが困難になります。こうした状況を打開するには、ITインフラのハイブリッドクラウド化を推し進めて、例えば、オンプレミスのITインフラへの負荷が急激に高まったときに、社外のクラウドサービスに負荷をダイナミックに分散できるような環境を築くことが必要とされるわけです。
また、アプリケーション/サービスの開発・展開の自由度やスピードを上げる上では、特定のクラウド環境を使って開発・テストを行ったソフトウェアが、オンプレミスのITインフラや他のクラウドサービスで問題なく稼働するような環境を実現することが大切ですし、開発者やビジネス分析の担当者が、企業のIT環境を構成するあらゆるシステムのデータを簡単に活用できるようにすることも必要です。
更に、5G時代に向けてIoTからデータを収集し、新サービスの創出につなげたいと考えるなら、エッジの活用も視野に入れなければなりません。これは要するに、オンプレミス、クラウド、エッジの3層でITインフラ全体をとらえつつ、アプリケーションやデータの展開を自由に行えるような環境を築く必要があるということです。
編集部:今の岩崎の話を踏まえつつ、シスコ、ネットアップ、HPEの皆さんの見解をお聞きしたいのですが。まずは、シスコの石田さんからお願いします。
シスコ 石田氏(以下、敬称略):岩崎さんがおっしゃられたとおり、DXの取り組みでは、新しいアイデアをいかにすばやくかたちにして展開していくかがとても大切です。 実際、シスコの顧客企業の中に、世界第2位の規模を誇る金融機関がありますが、この金融機関が社内に擁するソフトウェア技術者の数は、実にGoogle社やマイクロソフト社のそれを超えています。つまり、金融の業界では、そのようなかたちで社内の開発力を徹底的に高めて、新たなアプリケーション/サービスの開発・展開・改善のスピードを上げていかなければ、市場での競争力を維持・強化することができなくなっているわけです。そして、こうした変化が金融業界のみならず、製造・流通など、広範な業界で巻き起こりつつあるということです。
編集部:そうしたスピード開発のニーズにITインフラも適合させる必要があると。
シスコ 石田:そのとおりです。従来型のITインフラは、アプリケーションが特定のITインフラと実行環境を含めて密接に結びつき、例えば、オンプレミスで開発したアプリケーションを、そのまま複数のパブリッククラウド上で動作させるといったことは困難で、かつパブリッククラウドの利点を十分に活かせませんでした。DXにおけるアプリケーション開発では、開発者がそのような制約を受けずに、自分たちが最も開発しやすい場所で開発が進められ、かつ、動作させるべきところで動作させられるようでなければなりません。
ネットアップ 神原氏(以下、敬称略):石田さんのおっしゃるとおり、開発者に対して、自分たちのアイデアをフルに生かせる環境を提供することは、DX成功のカギです。
例えば、当社の顧客企業に、創業200年の歴史を有する全米最大の調剤薬局チェーン、McKESSON(マッケソン)社があります。この会社では、当社の「NetApp Data Fabric プラットフォーム」を活用し、社内のほぼ全てのデータに対して、開発者たちが自由に、いつでも、どこからでもアクセスできる環境を整えました。結果として、AIによる流通在庫の最適化など、先進技術を使った革新的なアプリケーションが数多く生まれているのです。
HPE 齋藤氏(以下、敬称略):マッケソン社ほどではありませんが、当社自身もに創設され、80年以上の歴史を持つ企業です。そのため、かつてのITインフラは巨大で複雑でした。それが、の分社によるHPE社創設を機に抜本的な改革を行い、DXのための環境を整えたと言えます。
変革における要点の1つは、ERPシステムの統合化です。HPEでは長い歴史の中で、様々な企業を買収してきた結果、多種のERPシステムが乱立した状況にありました。それを単一のERPシステムで一本化し、事業部門ごと、あるいは業務ごとにデータのサイロが作られる状態から抜け出したわけです。
また、岩崎さんがおっしゃったハイブリッドクラウドの環境をかたちづくり、開発したアプリケーションがエッジでもオンプレミスでもクラウドでも稼働できるようにしました。更に併せて、IoTやクラウド上のデータを分析・活用する環境を整備しました。結果として、新たなサービスを立ち上げるスピードは大幅に向上しましたし、物流の最適化、IoTによる生産ラインの歩留まり改善、顧客先に収めた製品の故障予知など、競争力の維持・強化につながる多くの成果を手にしています。
日本の製造はDXで世界をリードする
編集部:皆さんがおっしゃられたITインフラを実現するには、企業として成すべきことも多くあるように思えます。まずは、何から着手すべきとお考えですか。
HPE 齋藤:まず必要なのは、サイロ化と属人化の解消ではないでしょうか。特定の担当者でなければ、そのシステムのことがわからないといった状況は、早急に打開しなければならないと思います。ですので、先ほどの岩崎さんのお話にもあるとおり、特殊性が高く、知識やスキルの他への転用がきかないレガシーシステムを、自動化・標準化を取り入れながら近代化していくことが必要と言えるわけです。例えば自動化という観点ではInfrastructure as Codeの用に複数レイヤ―・複数種類のハードウェアの運用を自動化という手段があり、HPEの製品もそのような構成管理ツールとの連携を意識した作りになっています。
編集部:レガシーシステムを近代化するというのは、具体的に何を意味しているのですか。
HPE 齋藤:1つは、アプリケーションの「コンテナ化」です。コンテナの技術は、アプリケーションと実行環境をパッケージ化して、クラウド上でも、オンプレミスのITインフラ上でも等しく迅速に展開・動作させられるようにする革新技術です。その登場によって、ソフトウェアの開発と保守・運用管理のあり方がガラリと変容してきています。
編集部:日本企業の間でも、コンテナの活用が進展を見せているということでしょうか。
HPE 齋藤:そう感じています。当社だけの状況を見ても、コンテナプラットフォームに関する引き合いやお問い合わせは相当の勢いで増えていますし、中でも、金融機関の間では、コンテナプラットフォームをオンプレミス環境に構築しようとする動きがかなり活発化しているように感じます。
編集部:背景としては、どのようなことが考えられるのですか。
HPE齋藤:金融機関は、コンプライアンス上の理由から、例えばPCI-DSSのような業界の規制に準拠した環境内からデータが動かすことができず、それらのデータを扱うアプリケーション/サービスもオンプレミスのITインフラ上でしか動作させられない場合が多々あります。一方で、Fintechの潮流があり、新興のFintech企業と同じようにクラウドネイティブのアプローチを採用して、開発・展開の速力を上げたり、サービスの柔軟なスケーラビリティを確保したりしたいといったニーズがあります。その中で、コンテナのプラットフォームをオンプレミス環境上で構築し、クラウドで開発したFintech系のアプリケーション/サービスを、そのままオンプレミスのITインフラへスピーディに展開するといった流れが一般化しつつあるのではないでしょうか。
ネットアップ 神原:齋藤さんのおっしゃるとおり、コンテナの普及は勢いよく進んでいると思います。コンテナが優れているのは、開発ツール(ライブラリ)がパッケージングされていて、全てがオープンソースソフトウェア(OSS)として提供されている点です。多額の投資をせずに導入・活用が図れますし、ビルディングブロックの方式で開発が行えます。
そうした利点と扱いやすさから、IT部門のみならず、事業部門に所属するエンジニアがコンテナ技術を使い、自分たちの製品/サービスの価値を高めるアプリケーションのアイデアをかたちにし始めています。Fintechでのコンテナの活用はその一例と言えますが、日本の製造企業の間でも、事業部門でのコンテナの活用が進んでいます。
編集部:つまり、DXに向けたアプリケーション/サービス開発の取り組みが各事業部門で展開されているということですね。そう言えば、これからのDXは、モノとデジタル、あるいはモノと仮想世界を融合したところでの戦いになり、モノづくりに長じている日本の製造企業が有利との見方もあるようです。
ネットアップ 神原:私もそう思います。日本の製造はそもそもテクノロジーで世界をリードしてきた企業ですから、DXの時代でも主導権を握り続けられると思います。ただし、ここで留意すべきは、事業部門の技術者たちは決してITインフラの専門家ではないということです。つまり、自分たちの製品/サービスの強化につながるアプリケーションは作れても、それを稼働させ、運用管理していくためのITインフラは正しく用意できないということです。それを用意してあげるのはIT部門の役割であり、そうしたIT部門を背後から支えることが、我々のようなIT企業のミッションと言えます。
HPE 齋藤:神原さんのおっしゃるとおり、市場には既に優れた開発手段が提供されているので、事業部門のエンジニアの方でも、アプリケーション/サービスは作れます。問題は、IT部門の方が、そうした現場の動きをどれだけ感知できているか、あるいは、現場での開発を支援する体制が築けているかだと思います。
ときおり、事業部門が開発したAIアプリの保守・運用管理を、IT部門がいきなり引き受けることになり、困り果てるといったケースが見受けられます。このような事態を避けるには、事業部門とIT部門とのより密接なコミュニケーション/関係構築が必要でしょうし、それには、DXにおけるIT部門の役割がもう少し明確になっていたほうがいいように感じます。いずれにせよ、コンテナの活用がDXにおけるアプリケーション/サービス開発・展開の標準的なスタイルになるはずです。ですので、IT部門としては、事業部門が開発したコンテナを展開し、運用するための場所はしっかりと用意しておいたほうがいいと思います。
シスコ 石田:神原さんと齋藤さんが、いま、おっしゃられていたことは、開発と運用の連携を強めることの重要性にも通じる話だと思います。これは日本の企業に限った話ではないのですが、多くの事業会社では、システムの開発チームと運用チームが別組織で、互いの意思疎通があまりスムーズではないことが多々あります。ですが、DXでは、開発と運用の両チームが一体となってビジネスに直結するアプリケーションに磨きをかけ、顧客満足度を高めていくことが重要です。
その観点から、シスコでは、約37億ドルを投じて、アプリケーションからビジネスのパフォーマンスまでを監視し、そこから得られる情報からITインフラを常に最適化し続ける技術を買収しました。当社では既に、この技術と「Cisco Intersight Workload Optimizer」を連携させ、アプリのパフォーマンスを見ながら、リソースを増やす、減らすなどの最適化が行えるようにしています。こうした仕組みによって、開発と運用の両チームが課題を共有しながら、スピード感を持って改善の施策を打てるようになるわけです。
加えて、当社では、オンプレミス環境で使えるコンテナプラットフォームとして「HyperFlex Application Platform」を発表していますが、こちらでも、先ほど述べたIntersightやアプリケーション/ビジネスパフォーマンス監視のソリューションを活用しています。これにより、アプリケーションとインフラスタック双方のリアルタイム監視と最適化が実現されます。
仮説検証の場の提供
編集部:皆さんのお話しから、DXを成功させるには、開発者が自らのアイデアをかたちにできる場所へとITインフラを変えていく必要があることは理解できました。ただし、開発者の自由な着想を、先端技術と大量のデータを使って“試せる場所”を用意するのは、コスト的にも、労力の面でも大変なことのように感じますが。
CTC 岩崎:その問題を解決する一手としてCTCが提供しているのが、「テクニカルソリューションセンター(TSC)」です。
当センターでは、皆さん(HPE、ネットアップ、シスコ)をはじめとするパートナー企業の最新製品を取りそろえ、かつ、有力なクラウドサービスもマルチで試用できます。これにより、ハイブリッドクラウド環境の検証やAI環境の検証も可能としています。しかも、TSCでは当社のデータセンターと専用の高速回線で相互に接続されており、システムの検証から実際の展開までを包括的にサポートできます。
実のところ、例えば、AIアプリケーションの検証環境を用意するには、かなりの手間と時間を要するはずです。TSCをお使いいただければ、そうした手間をかけずに、先端の技術を使った仮説・検証が可能になり、しかも現実のサービスとして、ローンチするところまでがサポートされるということです。
ネットアップ 神原:DXでのアプリケーション開発は、いわば、答えのないところで答えを探すような取り組みです。先ほど石田さんがおっしゃられたとおり、仮説・検証のサイクルを高回転で回しながら、機能を洗練させていかなければなりません。そうしたプロセスを築く上で、開発者たちが常に望んでいるのはITインフラの専門家によるバックアップです。その意味で、TSCは、新しいことに挑みたい開発者にとって理想に近い環境だと言えますし、当社としても積極的にかかわっていきたいと考えています。例えば、AIの検証環境という点では、既に当社のAIコンバージドインフラ「NetApp ONTAP AI(以下、ONTAP AI)」をTSCに導入いただいています。ONTAP AIは、ネットアップとNVIDIA Corporation(以下:NVIDIA社)が共同で設計した検証済みのリファレンスアーキテクチャで、AI・ディープラーニングの利用に最適化されています。
シスコ 石田:シスコは世界各国にビジネスパートナーがいますが、その中で特に顧客の支持を多く集めているのが、TSCのような検証センターを展開している企業です。背景には、神原さんのおっしゃるとおり、多くの開発者やアプリケーションのさらなる重要性を認識しているITインフラ担当者が、TSCのような場を求めているからだと確信しています。当社でも先端のソリューションをTSCに導入いただいていますので、ぜひ、多くの企業に役立てていただきたいと願っています。
HPE 齋藤:HPEからも、コンテナ技術をお試しいただける、HPE SynergyとRed Hat OpenShift Container PlatformをTSCに導入いただきました。HPEとしてもコンテナプラットフォームの選択肢は複数持ち合わせておりますが、日本のエンタープライズのお客様での実績を重視してこの組み合わせでご提案しました。それらも含めた多様な選択肢から最適な方法を検証できる、組み合わせて使うことができる環境は、CTCだからこそ実現できる顧客志向の環境だと思います。
CTC 岩崎:TSCをご評価いただきありがとうございます。
日本企業のIT部門は、限りある人的リソースの中で現状でも多くのミッションを背負い、手一杯の状況にあることが少なくありません。それでも、DXに対する自社の試みをサポートしなければならない立場にありますし、現実問題として、自社の事業部門が想起したアイデアを検証する場を用意できるのも、新しいアプリケーション/サービスの保守・運用管理の担っていけるのも、IT部門だけであるはずです。そうしたIT部門の負担を可能な限り軽くすることはCTCの重要な役割だと認識しています。皆さんにも、これからも変わらぬご支援をいただきたいと願っています。本日はお集まりいただきありがとうございました。
一同:ありがとうございました。