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|特集・対談|脱炭素を推進する「CCS」への挑戦──社会課題の解決を目指す科学システム本部の取り組み

|特集|脱炭素を推進する「CCS」への挑戦──社会課題の解決を目指す科学システム本部の取り組み

CCSとは、“Carbon dioxide Capture and Storage”の略。排出された二酸化炭素を回収し、地中深くに貯留する技術のことです。脱炭素へ向けた取り組みの一つとして、日本では2030年までにCCSを事業としてスタートさせることを目指しています。そうした中、秋田大学の長縄成実教授は、現在、石油技術協会 CCS委員会の委員長を務め、CCSの事業開始に関わる研究者を取りまとめる立場にいます。一方CTCも、CCSを推進していくことの重要性を認識し、IT技術を通じてその事業化に貢献すべく、連携を深めています。CCSとはどのような技術なのか、現状はどうなっているのか。そしてその中でITはどのような役割を果たせるのか。長縄教授と、CTCの技術者3人に聞きました。

取材・文/近藤 雄生

技術的に現在実行可能で有効性の高いCCS

長縄 成実 教授

長縄 成実

秋田大学大学院国際資源学研究科
資源開発環境学専攻 教授

1965年岐阜市生まれ。東京大学工学部資源開発工学科卒業、同大大学院工学系研究科資源開発工学専攻修士課程修了。同大助手、助教を経て、2018年1月より現職。19年4月~21年3月まで国際資源学教育研究センター長、21年7月より同センター教授を兼任。博士(工学)。第2種および第1種情報処理技術者のほか、日本サッカー協会(JFA)サッカー4級審判員の資格も持つ。

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2030年までに日本でCCS事業を開始することを目指して、昨年6月、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(以下、JOGMEC)が「先進的CCS事業」をスタートさせました。CCSの事業化に向けた動きが本格的に始動する中、長縄先生は、石油技術協会 CCS委員会の委員長として、関係する研究者を取りまとめる立場にいらっしゃいます。現在、CO2を削減するための取り組みが様々に進む中、CO2を回収して地中に貯留するというCCSがなぜ必要なのでしょうか。その点から教えてください。
長縄
現在日本では、2030年までに電源構成のうち再生可能エネルギーの割合を36~38%まで増やし、化石燃料を41%に減らすという目標を掲げています。ただ、その目標は野心的な見通しであり、当分は化石燃料を燃やさざるを得ないと考えられ、CO2は排出され続けます。特に日本はエネルギー自給率が低く、石炭、石油、天然ガスのいずれも99%程度を輸入しています。中でもCO2排出量が多い石炭を、供給の安定性や経済性といった観点から多く使い続けているのが現在の状況です。そうした中、CO2そのものを回収し地中に貯留して、どうしても排出されてしまう分のCO2による気候変動への影響をできるだけ減らそうというのがCCSです。現状において技術的にも実行可能で、かつ有効性の高い対策として、世界の複数個所ですでに行われており、日本でも実行するのが望ましいと考えています。
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CCSはどのような工程で行われるのでしょうか。
長縄
CCSは大きく、「分離・回収」「輸送」「貯留」の3つの工程に分けられます。まずは発電所や工場から発生するCO2を分離・回収しますが、その方法としては、アルカリ性溶液を利用する「化学吸収法」が、すでに広く使われています。そしてこの方法で液化された高純度のCO2が、陸上の場合にはタンクローリー車などの専用車両で貯留地点まで輸送され、その後に、掘削して作られた井戸を通じて1,000m以上の地下に貯留されます。この中で、特に最後の貯留の工程において検討すべき点が多くあります。私は長年、掘削技術を研究してきたため、その経験からCCSに関わるようになりました。
出典:資源エネルギー庁ウェブサイト:CCSの流れ

出典:資源エネルギー庁ウェブサイト(https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccus.html

石油開発、地熱開発、CCSの共通点と違い

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長縄先生が携わられてきた掘削技術の研究について、そしてそれがCCSとどのようにつながるのか、さらに詳しく教えてください。
長縄
私が長く研究してきたのは、石油や天然ガスを採掘するために深い井戸を掘る掘削技術です。井戸を掘るというと、単に岩を砕いて穴を掘れば良いとも考えられがちですが、数千メートルという深さまで掘っていくと、堀りながら井戸が崩れないようにどう保持するかが問題になり、その中で様々な技術が必要になってきます。石油や天然ガスの場合、掘ったあとにケーシングパイプという鉄のパイプを井戸の内側に入れます。そして、ケーシングパイプと周囲の岩石との隙間をセメントで充填して固め、井戸の周りを流体が移動しないようにするというのが基本になります。
石油を専門に掘削技術の研究をしてきた中で、十数年前から地熱開発の研究も始めることになり、それに前後して、CCSに関連した研究にも携わるようになりました。いずれも、同じ装置を使って井戸を掘るという点で基本的な掘削技術は同じなのですが、それぞれ特徴があります。石油の場合は、高圧の環境下へ井戸を掘るため、井戸の周りの地層に加わる圧力をいかに抑えるかが重要になります。一方、地熱開発の場合、石油よりも格段に高温の地層まで掘らないといけません。石油開発において高温の開発といった時には200℃前後の話なのですが、地熱の場合は300℃前後、通常の地熱開発より深くまで掘る「超臨界地熱開発」の場合、400~500℃にも至ります。つまり、温度に対する技術開発が中心になるのです。
そしてCCSでは、石油開発の場合のように地中にあるものを地上に出すのとは反対に、地上にあるCO2を地中へ送り、それを地層に圧入するというのが特徴的です。石油や地熱の場合とはまた違った技術が必要になるのです。具体的には、いかにCO2を漏洩させないようにするか、という点が技術開発の中心になります。

CO2貯留のための基本技術はできつつあるが…

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CCSにおいて、CO2が漏洩しないようにするためにはどのような技術的工夫が必要になるのですか。
長縄
まず初めに、CO2をどのように地中に入れるのかという点について説明します。簡単に言えば、液化したCO2を井戸を通じて地下に送り、地層中の岩石の隙間に圧入する、分かりやすいイメージでは岩石にしみ込ませるといったらよいでしょうか。ただ、井戸は、ケーシングパイプとセメントで保持されており、そのままでは周囲の地層とはつながっていません。そのためケーシングパイプを固めたあと、特殊な火薬で穴をあける装置を井戸の中に下ろして、地層までいくつも穴をあけます。場合によっては、最初から穴やスリットの開いたパイプを下ろしセメントで固めないで、それらの穴からCO2を、地層へと入れていくことになります。
そうして地層に入ったCO2がどのように漏洩し得るかと言えば、一つは、井戸自体が漏洩の経路になり得ます。もちろんCO2を入れた後、井戸は封鎖するのですが、CCSで扱うCO2はかなり高濃度でそれ自体には腐食性はありません。しかしCO2は周りの地層中の水に溶解すると腐食性の流体になるので、井戸を形作っているケーシングパイプとその周りのセメントが腐食しやすく、その結果CO2が漏洩してしまう可能性が考えられるのです。そのため、耐CO2の特性を持ったセメントを使ったりすることが考えられていますが、このあたりが一つ難しい技術となります。他には、いかにセメントをきっちり充填するか、また、貯留を終えた後にいかに井戸をしっかり埋め戻すか、といった点にも難しさがあります。
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日本は2030年にCCS事業を開始し、2050年には1.2~2.4億トンの貯留を目指していると聞きます。近年の日本の1年間のCO2排出量は10億トンほどなので、1~2割ほどにあたります。その目標の実現に対して、技術的には現状でどれぐらいのところにいるのですか。
長縄
日本のCCSの研究開発は、地球環境産業技術研究機構(RITE)という機関が中心に行ってきています。掘削そのものに関する技術という点では、製品化された耐CO2セメントもすでにあり、技術的にはなんとか実行できる段階には来ています。実際2016年から苫小牧で、国内初の大規模実証実験が行われ、成功といえる結果を得ています。ただ、事業化のためにいかにコストを削減するかといった点では、まだまだ技術開発が必要です。
また、貯留地をどこにするかという問題もあります。適地調査も行われてきて、かなりの貯留量が見込める海域が絞り込まれてきたものの、実際にそこで事業を始めるという場合には、地元の方にきちんと理解してもらい、納得していただく必要があります。CO2の漏洩リスクなどを不安に思われる方もいるからです。そういったところはまだ始まったばかりの段階です。
出典:「CCSを取り巻く状況」(経済産業省):我が国の主な排出源と貯留可能量

出典:「CCSを取り巻く状況」(経済産業省)(https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs_jissho/pdf/001_05_00.pdf

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