他自治体でも無償導入できるオープンなシステム環境を実現
連携のとれない業務システム、ベンダーへの依存、全体最適化ができないシステム環境など、いち早く電子県庁化に取り組んできた福岡県も、他の自治体と同じく、こうした悩みを抱えていた。これらの課題を解決するために、総務省は、電子自治体推進戦略を展開しているが、福岡県は、この動きとは異なる特徴的な取り組みで、電子県庁化を進めている。それが、ベースとなる共通基盤を作り、その上に業務アプリケーションを乗せるというアプローチである。構築後は、仕様を公開し、他自治体へ無償提供するなど、電子自治体の促進に貢献している。
課題と効果
- 課題
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- 業務システムごとの部分最適に留まっていた状態を脱し、全体最適化とITガバナンスを強化したい。
- 自治体ごとに同じアプリケーションを構築するような非効率な状況をやめ、共同利用できるような環境を整えたい。
- ベンダーに任せっぱなしのシステム構築を取りやめたい。
データ、アプリケーション、テクノロジーを切り離し、それぞれ独立して考える
アーキテクチャ = 共通基盤に着目
- 効果
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- 共通基盤により、各システムとの連携を実現し、全体最適化を促進。
- 他自治体と共同開発できるアプリケーション・シェアモデルが実現でき、開発コスト等の削減が可能。
- 標準化文書に従って進行することにより、自分たちでのプロジェクト管理が可能。
導入事例インタビューデータ
- 自治体名
- 福岡県庁
- 所在地
- 福岡県福岡市
- 人口
- 5,055,631人
- 知事
- 麻生 渡
- URL
- http://www.pref.fukuoka.lg.jp/
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福岡県
企画振興部 高度情報政策課 情報企画監
溝江言彦(みぞえ・ことひこ) 氏
導入背景
全体最適化、ITガバナンス強化のために必要なもの
「全体最適化のために、自治体として、もっとITガバナンスを強化しなければ」という思い。それが、共通基盤を生み出す原点だったと、福岡県企画振興部高度情報政策課の情報企画監 溝江言彦氏は語る。
これまで福岡県の電子県庁作りは、電子申請システムや電子調達システム、庶務事務システムといった縦割りのカタチで進められていた。システム構築を担当する企業は様々で、横の連携が十分にはとれていないため、全体の最適化ができない状態だった。
「まず全体の設計図を作り、"今回は、その中のこの部分を作るのだ"という意識を持ってもらわなければならない」と溝江氏は考えた。
とはいえ、県のシステムは巨大で、簡単には舵は切れない。そこでまず、各業務システムを連携させる仕組みから考え始めた。だが、検討しているうちに、各システムでログや日付などの設定が異なっていると、運用が非常に大変になることがわかった。ならば、各システムで共通する機能を洗い出し、共通機能としてひとつにまとめたらどうか。その方が、効果的なシステム構築ができることに気づいたという。
また、今までは、業務ができればいいからと、アプリケーションのなかでデータがどう扱われるかまでは考えておらず、ブラックボックスとなっていた部分もあった。しかし、データのアーキテクチャが明らかになっていなければ、連携はできないし、ビジネスロジックを変えると、データそのものも作り替える必要がある。したがって連携の透明性を確保するためにも、データレイヤーをモデル化することが必要だ。アプリケーションはデータに合わせて考えればいい。
こうした共通機能や、データとアプリケーションを別に考えるという発想は、経済産業省が進めるEA(Enterprise Architecture)そのものだった。だが、「たまたま自分の考えていたことを形にすると、結果的にEAに行き着いた」と溝江氏は語る。EAという枠組みに当てはめて考えるより、自分たちの欲しいものを作っていきたいという思いから、共通基盤を構築し、その上にアプリケーションを乗せるという考えが導き出されたのである。
導入経緯
ベンダー・ロックからの脱出法を検討
共通基盤を進めるに当たって、溝江氏が考えたのは、ベンダーに依存しているプロジェクト管理を、いかに自分たちの手で行うか、ということだった。これまでは、設計書、チェック方法、開発仕様もすべてベンダーが提案したもので作られていた。ベンダー任せでは、プロジェクト全体を見ることはできず、一度依頼すると、その後も同じベンダーに頼まざるを得なくなる。こうした「ベンダー・ロック」と呼ばれる状況は、システムのライフサイクルからみても高コストとなる。
設計や開発に関する高度なノウハウを持っていない県側がプロジェクトを管理するには、どうしたらいいか。そこで考えられたのが、プロジェクトを管理するための標準化文書を作ることだった。「使い方がわからないときは、マニュアルを見ながらやる。それと同じで、手順どおりに進めれば、適正なIT調達が可能になる標準化文書があればいい」(溝江氏)。設計、開発、保守・運用などの各フェーズでの段取り、手法、ガイドラインを記した標準化文書を作成することにより、ベンダーへの依存から脱却でき、自治体側でのプロジェクト管理が可能となる。共通基盤は、システムではなく、標準化文書を含めた強力なITガバナンスツールなのだ。
そして2002年秋、溝江氏は、共通基盤、標準化文書に関する基本計画書を作成し、共通基盤の提案書を公募した。
共通基盤という考え方への理解を要望
これまでのビジネスモデルであったベンダー・ロックの否定、"共通基盤システム"ではなく"共通基盤という考え方"であるという点を前面に押し出した基本計画書に対しては、応札に参加したベンダーからの反発も多かったという。だが、落札のポイントは「どれだけ県側の思想を理解しているか」だ。しかし、ほとんどのベンダーが、製品の組み合わせによるシステムの提案という、これまでと何ら変わらない提案に終始していた。
「オープンなプラットフォームとしてJ2EEを考えただけで、アプリケーションサーバは、J2EEが動くものだったら何でもいい。データベースも要求や仕様に合えば、OracleでもDB2でもかまわない。その点を理解してほしかった」(溝江氏)。
システム概要
プロジェクト管理のための標準化文書を作成
2003年5月、共通基盤の構築が始まった。共通基盤は、J2EEをベースにシステム連携サブシステムやAPIの仕様を規定したもの、それにシステム開発標準となる標準化文書などが含まれる。標準化文書は、開発標準、設計標準、テスト方針、保守運用マニュアルなどおよそ10種類で、総ページ数では2,000ページを軽く超える。
たとえばプロジェクト管理標準では、PMBOKに準拠した形でガイドラインを作るようになっており、ドキュメント体系、それに基づくチェックポイント、どういう会議をどのタイミングで設けるべきかなど、プロジェクト管理を遂行するための検討事項が網羅されている。この標準に従って、プロジェクトを運営・管理していけば、円滑に流れるようになっているのである。
設計、開発、保守・運用など、すべてのITライフサイクルを自分たちで管理することが可能となれば、各フェーズにおいて、自治体主導の適正なIT調達が行われることになるだろう。
製品に依存しない標準化ならではの難しさ
共通基盤は、異なるプラットフォームでの稼働が前提となるため、プロダクト依存、プラットフォーム依存が許されない。実装の段階では、標準化ならではの難しさが、随所に顔を覗かせたという。
通常のシステム構築では、メーカーからの製品情報や提案などを活用して作業を進めるが、今回は、これを行うとメーカー色、つまりプロダクト依存が強くなり、標準でなくなってしまう。そのため、つねに自分たちの手で検証を重ねなければならなかった。
また、どの機能までを共通基盤に実装すべきか、といった線引きの判断にも大いに悩まされたという。特定の機能を取り込みすぎると、どんなプラットフォームでも稼働するという前提が揺らいでしまうためだ。
今後の展開
共通基盤の啓蒙、標準化文書を用いた地域振興
共通基盤アーキテクチャ、システム連携サブシステム、API群、APIを使うためのサンプルアプリケーションなどの開発を終え、2004年1月、福岡県庁の共通基盤は、無事カットオーバーを迎えた。標準化文書は3月に最終版が完成予定である。
すでに福岡県では、共通基盤のソースコードをオープンにし、標準化文書ともども無償提供することを表明している。他の自治体が共通基盤を使い、その上で稼働する業務アプリケーションを開発すれば、当然、そのシステムは、福岡県の基盤上でも動作する。もちろん、その逆も可能だ。自治体間でのアプリケーション流通が可能となるこのシステムにおいては、イチから開発するよりも安い、適正価格で必要なシステムを手に入れることができる。こうしたアプリケーション・シェアを広めていくためにも、福岡県では、共通基盤を一つでも多くの自治体に提供したいと考えている。すでに宮城県が導入を決定し、文書管理アプリケーションの開発を推進中だ。
また、福岡県は、標準化文書を中心としたマネジメントツールをオープンスタンダードとして提供し、これを学ぶ場として、NPO法人「高度人材アカデミー(AIP)」を立ち上げた。これは、ネットワークのスペシャリスト育成を支援し、地元SI企業の技術力強化、競争力強化を促すものだ。
「共通基盤が実装されたが、福岡県庁内で使われているレベルでは、まだまだ不十分。本当の構築はこれから」と、溝江氏は語る。今後は、県内の市町村の共同アウトソーシング基盤として提供される予定。他自治体へのアピールも続けていきたいという。