2004年12月、百貨店として100年の節目を迎えた(株)三越。商品だけでなく生活文化をも提案する日本の百貨店モデルを築き上げた同社はいま、21世紀に通用するビジネスモデル「新・三越モデル」を策定し、三越だけが提供できる価値の創造に取り組んでいる。ITの活用を積極的に進める三越は、経済産業省の「日本版フューチャーストア・プロジェクト」に参画。2006年1月、電子タグを中心とした新しいシステムの実証実験を実施した。そのなかのひとつが、IPフォンを用いたインテリジェント・フィッティングルームである。
課題と効果
- 課題
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- 顧客接点を強化し、販売員の接客密度を高めたい
- お客様にストレスを感じさせない仕組みを作りたい
- リアルタイム在庫管理システムを活用して売上増につなげたい
IPフォンを情報表示端末として活用し、在庫確認を容易に実現
- 効果
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- 試着室での商品選択が改善され、接客密度の向上を実現
- 在庫探しに伴うお客様のストレス軽減に貢献
- 売上増を実現し、他売場への転用の可能性を把握
導入事例インタビューデータ
- 会社名
- 株式会社三越
- 所在地
- 東京都中央区日本橋室町
- 資本金
- 374億406万円(2005年2月末現在)
- 代表取締役社長
- 石塚邦雄
- 従業員
- 7,904名(2005年2月末現在)
- URL
- http://www.mitsukoshi.co.jp/index.html
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百貨店事業本部
商品統括部 商品システム推進担当 ゼネラルマネージャー
西田雅一 氏
導入背景
売場での顧客接点にITを活用するため、婦人靴売場での実証実験を実施
百貨店でのIT化は、検品の効率化や自動発注など、業務の合理化に焦点が当てられていた。しかし、これではコスト削減による増益要因とはなっても、百貨店が抱えている根本的な課題、売上増には直接つながらない。売場、特に接客プロセスまで踏み込んだIT活用がなされていないのが、百貨店業界の現状であった。
それは、三越においても、同様の状況であった。だが、「2004年は、三越が呉服屋から百貨店に代わって100周年。これに合わせて新しい商品、新しい企画、新しい取り組みを考えることになりました。私は商品本部にいたので、バイヤーと一緒にサプライチェーンマネージメントの顧客接点までの拡張をテーマに考えました。新たな増収につながるITがあるとすれば、それは売場での顧客接点にしかないと思ったからです。それが、電子タグを検討したきっかけでした」と、商品統括部 商品システム推進担当 ゼネラルマネージャー 西田雅一氏は語る。
西田氏が考えた顧客接点のテーマは、「品切れしない仕組みづくり」と「楽しい売場」。このテーマを掲げ、まず2004年10月、婦人靴売場での電子タグを利用したリアルタイム在庫管理システムの実証実験を行った。この実証実験は成功裡に終え、翌年から実際に各店の婦人靴売場へシステムが随時導入されることになった。
導入経緯
最初の実験から出た課題を解決すべく二回目の実証実験が始まる
成功した婦人靴売場での実証実験だが、いくつかの課題が明らかになったと西田氏は語る。「百貨店でいちばん大きなシェアを占めているのが、アパレルです。電子タグの利用は、靴ではうまくいったが、はたしてアパレルでもちゃんと効果が出せるのか。これがまず一つ目の課題でした。二つ目がタッチパネル端末です。これは、お客様用のセルフ検索用のキオスク端末として想定していたのですが、実はお客様自身が触る回数は少なく、ほとんど販売員が使うことで効果が上がっていました。お客様が触ってくれる端末はどんな形なのか、この答えを見つけるのが次回のテーマとなりました。三つ目は、業界コンセンサスを得て普及させること。当社だけ効果を上げていても、業界に広がらないとコストは下がっていきません。そして、四つ目が、在庫管理システムを会計管理や顧客管理システムとリンクさせることです。」
こうした課題を背景に、三越は、次のステップに挑んだ。
経済産業省の平成17年度電子タグ実証実験の場として選ばれたのは、三越銀座店2Fのセレクトショップ「ニューヨークランウェイ」内のプレミアムジーンズの売場だった。プレミアムジーンズは、22から28インチまで7サイズあり、インポートのデザイナー商品なので、ポケットの刺繍やスタイルの特長が細かく分かれる非常に多品種なアイテムである。そのため、よりきめ細かな在庫管理が必要となる。
アパレル売場でいちばん特徴的なのが、試着室である。「試着室に入るお客様は購買意欲が非常に高まっている状態なのですが、実は、試着室ではかなりお客様にストレスがかかっているのではないでしょうか」と西田氏。プレミアムジーンズの場合、1着で決まることは珍しく、4~5着は試着すると言われている。販売員を呼んでサイズ違いを頼んだのに在庫がなかったりすると、お客様に不満やストレスが生じる。こうした点を軽減するのに、婦人靴売場に導入した、お客様自身で在庫を確認できるタッチパネル端末の仕組みが利用できるのではと考えられたのである。
システム概要
お客様のストレス軽減と販売員の接客効率の向上を実現
問題は、試着室のスペースだった。婦人靴売場に導入されたタッチパネル端末は大きすぎて、なおかつコストもかかる。そこでたどり着いたのが、シスコの大型液晶タッチパネル付きIPフォンだった。
試着室にアプリケーションを搭載したIPフォンとICタグリーダーを設置。PoEスイッチを経由してサーバに接続し、さらにデータセンターの商品マスタや在庫マスタなどのシステムと接続。試着室から在庫情報をリアルタイムに呼び出し、IPフォンの液晶ディスプレイに表示する仕組みだ。短い準備期間であったため、電話機能を組み込むことはできなかったが、IPフォンを情報端末として活用する、日本で初めての試みであった。
約5000着のプレミアムジーンズに電子タグが取り付けられ、1月31日から2月13日まで2週間にわたって実証実験が行われた。実験された新システムは、IPフォンを活用したインテリジェント・フィッティングルーム以外に、携帯電話型モバイル端末、カラー電子ペーパー、アクティブタグ、そして、在庫管理システムと顧客管理や会計管理システムとの連携などである。
インテリジェント・フィッティングルームでは、お客様は、商品に添付されている電子タグを備え付けのリーダーで読み取ることで、試着中以外のサイズの在庫を確認することができる。実験の結果は、上々なものであった。試着室におけるお客様のストレス軽減と同時に、販売員が試着室と商品陳列棚とを往復する回数が減少するなど、思わぬ副次効果も表れたという。全体でも、実験前は90%の販売員が婦人靴売場ほどの効果は出ないと考えていたが、実験後は全員一致ですぐに実導入して欲しいという要望がでたほど、接客効率向上に非常に有効だったことがわかる。
今後の取り組み
省スペース・ローコスト端末であるIPフォンをさらに活用
「実験ではとてもよい結果がでましたが、実際のお客様が、どれだけ利用してくれるか、この点については、これからじっくりと検討していきたいですね。一方、省スペース・ローコストの端末については、IPフォンは婦人靴売場のタッチパネル端末の代わりに、すぐにでも応用が利きそうです」と、西田氏は早くもIPフォン活用の青写真を描いている。
壁掛けできるIPフォンを用いることで、設置スペースがない狭い店頭でも、お客様が在庫を確認できるタッチパネル端末が設置可能となる。また、ローコストのサーバ制御型なので、セキュリティを保ちながら端末を増やすことも容易だ。投資回収の観点から難しいと考えていた地方店、郊外店にも電子タグを利用したリアルタイム在庫管理システムの導入が可能となる。
西田氏が次に考えているのは、仕入れ先との連動が見込める商材を用いた実験である。店頭から仕入れ先までをネットワークでつなぎ、全員がデータを確認できる環境のもと、VMI(ベンダマネジメントインベントリ)という手法を用いて、需要予測に合わせた最適な発注・納品を実現する。ITを顧客接点のさらなるサービス向上へ、売上増へつなげていきたいと、ますます意欲を高めている。
用語解説
PoE
Power over Ethernet/イーサネット経由の電源供給
VMI
Vender Management Inventory/需要予測に合わせた最適な発注から納品、検品、販売までを実現する手法