|特集|今こそ問われる科学の力、人の力

技術が進むほどに問われる人の知恵
- 竹内
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先ほど、あらゆる森羅万象は計算に置き換えられると言いました。それは例えば、水は流れる時に、自ら瞬時に膨大な計算を行って最短経路を見つけて流れているといった意味でもあります。その時自然は、常にゼロから、つまり原子レベルの量子力学の計算から行っていることになります。しかし今後、いくらコンピュータの計算速度が速くなっても、私たちは決して、自然と同じ方法で自然のような速度で計算することはできません。そこで私たちには人間ならではの方法が必要になります。それが「近似」です。つまり、これまで私たちが積み上げてきた物理現象への理解をもとに、必要のない部分を省くことで計算を簡略化する、そして100%正しくはなくとも十分に有用な答えを短時間で得る、という方法です。それを巧みに行えば、自然より先に計算することも可能になる。これがシミュレーションの醍醐味だと思います。
- 石川
- その時大切になるのは、まさに人間の知恵ですよね。有効な近似を行うためには、その現象に本当に寄与している要素が何かを理解し、そこに注目することが必要です。つまり本質を理解していないとできません。単に量子コンピュータになって計算がものすごく速くなればそれでいいという話ではありません。使い手である人間がやるべきことをちゃんと理解していないと、結局、意味のある計算はできないということです。

石川 智之
科学・工学分野で原子力をはじめとするCTCのエンジニアリングサービスや資源・新エネルギー分野の技術を牽引し、シミュレーションによる安全評価を支えてきた。現在は科学システム事業部に所属し、技監としてイノベーション創造や人材育成に努める。
- 竹内
- 全くその通りだと思います。コンピュータリテラシーで一番重要なのは「何が本質か」「何を計算すべきか」を理解することだと思います。それをわからず全部計算しているといつまでも計算が終わらない。一方、何を省けばいいかを理解して、本質的な部分だけに焦点を当てることができれば、短時間でかなりいい精度で現実が再現できます。それができる人がこれからますます必要になってくると思います。しかしこの点に関して、実はコンピュータが発達するほど、ある難しさが出てくるのではないかという懸念もあります。私たちは今、実はある意味本質を理解しなくても済んでしまう時代に入っている気もするのです。というのは、コンピュータが速くなると、本質を知らずに無駄な計算もしてしまったとしても、ある程度計算できてしまうからです。
- 石川
- 昔はコンピュータの能力が十分でなかった分、人間が考える必要がありました。例えば、昔のゲーム開発者は、数メガバイトという、今では写真1枚分ぐらいのデータ容量で、工夫してものすごく面白いソフトを作っていました。60年代のアメリカの宇宙開発におけるアポロ計画では、現在の電卓のようなコンピュータで月まで行ってしまったのです。それは、技術やリソースが限られていて何も無駄にする余裕がなかったために、人間が努力して本質を深く理解して成しえた結果のように思います。当時、技術者は、否が応でも研ぎ澄まされた感覚を持つようになったのです。しかし今は、あまりにも速度も容量も潤沢で、工夫しなくても何でもできるようになってしまった。それが実は問題で、コンピュータが発達するほど、人間にとっては逆に、本質を見抜く力をつけることが難しくなってきてしまうのかもしれません。
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