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|特集|難しい時代にこそ求めたい、倫理という視点

|特集1|ニューノーマルの時代にCTCが果たすべき役割 The New Answer

ITの急速な進展や環境問題の深刻化、社会の分断に感染症の拡大―。
ますます複雑化し、難しくなっている、これら現代社会の問題を整理して解決する拠り所として、今、「倫理」の重要性が増しています。
企業そして個人は、この時代をどのように生きていくことが望ましいのか、「倫理学」を専門とする京都大学の児玉聡先生にお話を伺います。

取材・文/近藤 雄生

どう行動するべきかを、理論的に導く「倫理学」

児玉 聡

児玉 聡

京都大学大学院文学研究科 准教授

1974年大阪府生まれ。京都大学博士(文学)。2002年、京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。その後、東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻助手、同研究科公共健康医学専攻 医療倫理学分野 講師を経て、2012年10月より現職。著書に『実践・倫理学』(勁草書房)、『功利主義入門̶はじめての倫理学』(ちくま新書)、『功利と直観 英米倫理思想史入門』(勁草書房)、『正義論』(共著、法律文化社)、『終の選択』(共著、勁草書房)、『マンガで学ぶ生命倫理』(共著、化学同人)ほか。

──
近年私たちの社会が直面している諸問題は、極めて複雑で難しく、個人も企業も、今まで以上にどう振る舞うかが問われるようになっています。そうした中、「倫理」について考えることが重要になっていると思われます。「倫理」「倫理学」とは、いったいどのようなものなのか、教えてください。
児玉

一般に「倫理」と言うと、「道徳」と同じ意味で使われることが多いでしょう。つまり、法によって定められたルールとは別に、こうするべきだ、これはしてはいけない、といった生きる上での社会規範のようなものです。しかし、少し違った使われ方もあり、今日はそちらの意味で用います。すなわち、法律や道徳なども含む様々な社会規範の全体を指して「倫理」としています。例えば、ビジネス上のマナーや学校の校則なども倫理に含まれますし、特定の職能集団、弁護士や医師、国家公務員といった人たちにもその人たちが従うべき規範があり、それは「専門職倫理」と呼ばれます。そのように、あらゆる集団にある規範やルールのようなものの全体が「倫理」となります。法律も、校則も、ある集団の専門職倫理も、その中では対等な関係です。それぞれの規範に、守らなければ何らかの形での制裁があるという意味でも、同様です。そして、そのような倫理全体を体系的に研究する学問が、「倫理学」ということになります。

──
「倫理学」で行われる研究は、具体的にはどのようなものでしょうか。
児玉

倫理学は一般に、3つの分野に分けられます。1つ目は、「規範倫理学」と言い、今あげたような様々な社会規範について、それが正しいかどうか、どうあるべきか、といったことを考える分野です。その際、倫理理論というものを用いて議論が進められますが、その代表的なものに、「功利主義」(=行為の結果として関係者全体の幸福が最大となることを良しとする考え方※1)や、「義務論」(=行為がもたらす結果にはよらず、どのような場合も必ず決められた義務を果たすべきだとする考え方※2)があります。例えば、余命わずかな病人に、本当のことを伝えるべきかどうかを考える時、功利主義的には、伝えたらそれがどういう結果をもたらすかに基づいて判断する一方で、義務論では、嘘はいかなる場合も良くないので、結果がどうなるかは考えずに本人に本当のことを伝えるべきとしています。

──
なるほど。どの倫理理論を重視するかで、何をもって倫理的とするかが変わってくるわけですね。
児玉

そういうことになります。2つ目は「メタ倫理学」で、倫理のより大きな枠組みについて研究する分野です。「そもそも倫理とは何か」「法律と道徳はどういう関係にあるのか」といったいわば哲学的な事柄を考えます。英米を中心に20世紀初頭から、倫理学の主要な分野となりました。

そして3つ目が「応用倫理学」です。これは規範倫理学を、医療、環境問題、スポーツ、ビジネスといった個別の具体的領域に応用したものです。例えば、気候変動や安楽死といった社会的課題に対して、それをどう捉え、私たちはどう行動すべきか、といった点を倫理学的に分析し、論点や一定の答えを導き出そうとする分野です。

──
哲学的な議論から、実際の社会的課題への応用まで、倫理学は、扱う範囲の広い学問なのですね。
児玉

倫理学は私たちのあらゆる営みに関係してくる学問です。最近では、ブラック校則などと言われる校則の是非が問題になったりしますが、そうした際に、校則はどうあるべきかについて指針を示したり、また、スポーツで勝つために相手の怪我しているところを狙うといったことがどこまで認められるべきか、といったことを考えるのも倫理学の一つの役目です(応用倫理学)。一方、そうした具体的な議論から逆に、そこで用いられる倫理理論そのものへ立ち戻って、理論自体について考えたり(規範倫理学)、またはより哲学的な議論、例えば「神や宗教がなくとも道徳は成り立つのか」といった問題に取り組んだり(メタ倫理学)もします。そのように倫理学は、先の3つの分野を基本として、様々なレベルで私たちが持つべき考え方や取るべき行動について、一定の答えや方向性、そしてその根拠を提示します。

  1. 功利主義
    行為や政策の正しさは結果(帰結)の良し悪しのみによって決まるとする考え方。また、帰結の良し悪しは、行為や政策が、関係する人々の幸福にどう影響するかで評価する。すなわち功利主義は、結果として関係者全体の幸福を最大化するような行為や政策を良いものと考える。この考え方を採る代表的な思想家に、ジェレミー・ベンタム(ベンサム)やJ・S・ミル(共にイギリス)がいる。
  2. 義務論
    規範やルールを守ることを義務とし、結果としていかなる帰結が生じようとも、必ず義務を守るべきだとする考え方。帰結を考慮しない「非帰結主義」と呼ばれる発想を持つことが義務論の最大の特徴である。功利主義と共に、倫理学における主要な倫理理論の一つである。
    代表的な論者はイマヌエル・カント(ドイツ)。

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