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|特集|難しい時代にこそ求めたい、倫理という視点

|特集1|ニューノーマルの時代にCTCが果たすべき役割 The New Answer

非常時の倫理について議論することの重要性

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現在、コロナ禍の中で私たちの生活や行動は変化を余儀なくされています。このような変化を私たちはどう整理して捉えていけばよいのか、倫理学的にはどのような議論がなされるのでしょうか。
児玉

現在の感染症から引き起こされている様々な問題は、大きくは公衆衛生に関係します。公衆衛生においては、基本的には全ての人の健康をなるべく良くしていくことが目指されますが、その中で色々な倫理的問題が出てくるため、近年、「公衆衛生の倫理」が考えられるようになりました。しかし、日本では感染症の脅威が久しく忘れられていて、関連する議論が進んでいなかったため、今様々な混乱が生じていると言えます。非常時の倫理について普段から考えておくことの重要性を、今回、私たちは教訓として学ぶ必要があるでしょう。

ではどのようなことを考えなければいけないかと言えば、非常時には、私たちが直面している外出制限や隔離のように、個人の自由や権利を制限することが必要となる可能性が生じます。それゆえに、それがどういう場合にどこまで認められるべきかという倫理学的な議論をあらかじめ尽くしておくことが必要です。全体の利益を守るためにはどこまでの強制が許されるか、また個人の利益を守るためにはどうか、つまり、「他者危害原則」と「パターナリズム」という2つの倫理原則※3を基礎とした議論が必要です。そのような議論から導かれる結果が、今回の「特措法」や感染症法、検疫法といった法律の根拠になるために、平時に行っておくことが重要なのです。

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近年、SARSやMERSといった感染症が他国で拡大したことがありましたが、自分自身、当時、他人事で終わってしまっていたことを今、痛感しています。

児玉

このことに関しては、一方で別の難しい倫理的問題があります。すなわち、そもそも非常時の倫理について考えることは倫理的なのか、という問題です。非常時の倫理とは、単純に言えば、誰を生かして誰を犠牲にするかを決めることに行きつきます。数が限られた人工呼吸器やワクチンを、どう配分するか、順番はどうするかといった議論もそうです。トロリー問題という有名な問題があります。暴走列車があり、その先の線路には5人の人が縛られていて、そのまま走れば5人が死ぬ。スイッチを切り換えれば列車は支線に入れるけれど、そこに1人が縛られていて、1人が死ぬ。スイッチを切り換えるべきかどうか、という問題です。つまり、そういった議論をすること自体が非倫理的なんじゃないかという考えがあるのです。

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トロリー問題に正解はあるのでしょうか。

児玉

十分に合意が得られた解はありません。どうするべきかについて、色々な考えがあり得ますが、倫理学は、そうした問題の議論の方法について教えてくれるのです。私としては、非常時の倫理はやはり考えるべきだと思っています。緊急事態宣言下における飲食店への時短営業協力金が一律6万円、ということを例にあげると、それは平等であっても、各店の規模の違いを考慮すれば公平とは言えません。では公正、公平とは何なのか。目指すべきは平等なのか、公平なのか。そうした点が互いに了解できていないために、様々な不満を生み出すことになってしまっています。

何らかの政策などを実行する際には、あらかじめ共有されていなければならないことがいくつもあります。そうしたことを事前に考えておかないと、余計に混乱や犠牲を大きくし得るし、たとえ一部の人が犠牲になる可能性を考慮しなければならないとしても、犠牲を最小限にするためにどうすべきか、どのような根拠でそう考えるのか、どのような手続きが必要か、といったことを平時に議論しておくことは重要だと思うのです。

  1. 他者危害原則とパターナリズム
    当人または他人の安全を守るために、政府や法律がどこまで個人の自由やライフスタイルに介入してよいかを考える際に重要となるのが、この2つの倫理原則である。他者危害原則は、個人の自由を制限してよいのは他人に危害を与えることにつながる行為に限られるとする考え方。
    パターナリズムは、他者が当人の利益のために、当人が必ずしも望んでいない介入を行うこと。例として、「自転車走行中のイヤホン・スマートフォンの使用制限は認めてよいか?」と「自動車のシートベルトの着用義務は認めてよいか?」について考えてみると、それぞれの原則の意味が具体的に見えてくるだろう。ちなみに、他者危害原則は、J・S・ミルが『自由論』の中で提唱した。パターナリズムについての論点も同書の中でミルが提示した。

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